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◻︎自分たちの遺影



「と、まぁ、そんな感じで葬儀まで手伝ったんだけどね…、さすがに考えたよ、自分だったらどうしたかな?って」


何日ぶりかで、礼子と秘密基地でゆっくりお茶をする。

喫茶店もいいけど、やっぱりここの方が落ち着いて話ができて居心地がいい。

礼子がベランダで育てていたカモミールが、今日のハーブティーの主役だ。


「自分って、どっちの場合?亡くなる方?残される方?」

「亡くなる方」

「それ、私も考えることあるよ」


50過ぎた女が2人、老後の話をしている昼下がり。

開け放した窓からは、気持ちのいい風が吹き込んでくる。

生まれることは奇跡で死んでしまうことは自然の成り行きなのだと、この年になって改めて思う。


「ね!まずは、写真撮っておかない?」

「写真って、遺影のこと?」

「そう、今ってあんまり写真って撮らないし、撮ってもすぐ削除しちゃうから残ってないんだよね」


私は自分のスマホのアルバムを開いてみた。

やっぱり、最近の写真なんて風景かランチの写真ばかりだ。

つられて礼子もスマホを見ている。


「考えてみたら、紙としてアルバムには残さなくなったもんね。どうせなら、写真館とかで撮ってみる?」


ほら、こんなものもあるよと検索したサイトを見せてくれた。


“思う通りの写真で自分を遺しませんか?”


最近では家族写真もあまり撮らなくなってきたからか、写真館も苦肉の策で遺影に手を出してきたということなのだろうか。


「でも、今撮ってもいいものなの?」

「何歳の写真でもいいらしいよ、だから人によっては一番好きな写真を遺影にするように遺言で遺しておくみたい」

「ふぅーん、なるほどね。じゃあエンディングノートの始まりには、遺影のことを書いておきますか!」

「家族にしたら、もっと大事なこと書いとけよって言われそうだけどね」


それから2人で休みが同じ日に、予約を入れた。

お店の人からは“一番好きな自分の服装で来てください”と言われた。


次の週、午後3時に礼子と2人で予約した写真館で待ち合わせた。


「なんか…礼子らしいね、それ」

「でしょ?」


紺色のジャケットと白いブラウスで、とてもかしこまった服装だ。それから耳には大きめのパールのピアス。


「それは、美和子らしいね」


ゆったりめのサマーセーターに、胸にはダイヤモンドのペンダントを付けてきた。

これは婚約指輪をペンダントにリメイクしたもので、できれば娘の遥那に持っていてもらいたいと思っているものだ。


そうやって写真の一部に残しておくことで、私の気持ちが通じたらいいなぁと思う。


「なんか、恥ずかしいね、写真が写真だけに」

「そうだね、でもわりと今、こういうの流行ってるみたいだから」


カランコロンと写真館のドアを開けて中へ入った。

受付には店員さんがおらず、チャイムを鳴らして対応を待つ。



「もうっ!いい加減にして、おかあさん!これでいいでしょ?どれもたいして変わらないわよ」

「………!」


おかあさんと呼ばれた人の声は聞きとれない。

思わず、礼子と目を合わせる。


「…なんか、ヤバい?」

「んー、どうなんだろ?しばらく待つかもね」


奥から流れてくる不穏な空気に、少々気が滅入った。




「すみません、ちょっと前の方がまだ終わっていなくて、しばらくここでお待ちいただいてもいいですか?」


店員さんが奥から出てきて頭をさげる。


「別に構いませんよ、ここでメイクでも直して待ってますから」


礼子が答える。


「すみません、ホントに」


そういうとまた奥へ入って行った。


「なんかあったのかなぁ?」

「揉めてるみたいな声だったよね。おかあさんって言ってたのは聞こえたけど」


礼子はちょっと気になるからと言って、そっと奥を覗きに行く。また何か言い合ってる声が聞こえて、礼子はそのまま入って行った。私もつられて声がする方へ。


「もう、いい加減にしてよ、時間がないって言ってるでしょ?さっきのこれでいいじゃない、何が不満なの?」


40代半ばくらいの女性が、80代に見える女性に向かってしきりに時間の話をしていた。


「…でもね…この服じゃなくて…」

「服なんてどれも同じでしょ?ほとんど写らないんだから。もう早くしてくれないと子どもたちが帰って来てしまうから」


スマホで時間を確認しながら、急かしているのはきっと娘さんだろう。

そして私たちのように遺影を撮りにきたお母さんだ。


「でも…」

「だから、もうこれにして!」


お母さんらしき人は、まだ何か言いたいことがあるみたいだけどそれを許さない娘さんというところだろうか。


「すみません、すぐに帰りますので。ほら、お母さん、次の人が待っているから」


そう言うと、お母さんを無理矢理に立たせようとしている。


「あの、撮り直しってできるんですか?」


礼子が写真館の人に訊いている。


「もちろんできますよ、納得していただくまで何回でも。今は現像したりしないので大丈夫ですよ」


「そういうことだから、今日は一旦帰ってまた次回、お母さんが気に入った服を用意してきてはどうですか?お節介なようですが」


「次回?また外出許可取るのもねぇ」


「どこかお悪いんですか?」


「まぁ…。とにかく、今日は帰りましょう。施設に連絡した時間にも遅れてしまうから」


「……」


黙って立ち上がるお母さんに、肩を貸す娘さん。

きっと介護施設に帰って行くんだろう。


「あ、そうだ、これを持って行ってください。何かあったら連絡してもらえればもしかしたらお役に立てるかもしれないので」


礼子は、バッグから名刺を出してお母さんという人に渡していた。

無言で受け取ると、2人は帰っていった。


「すみません、お待たせしてしまって」

「いいんですよ。それよりさっきの方もエンディングフォトを?」

「そうなんですが。着てきた服が気に入らないから取りに帰りたいとずっとおっしゃってて、それで時間がおしてしまいました。またいらっしゃると思いますけどね。さぁてと、どんな感じで撮りましょうか?」


どうせなら好きな服でと思うのは、みんな同じだと思う。

けれど、介護の仕事に関わりを持つ礼子には少し違って見えたようだった。









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