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第六十八章 夏の約束
蓮はしばらくその扉を見つめていた。
そして――
ゆっくりと、扉へ手を伸ばす。
その時だった。
「大丈夫だよ……力を抜いて。すぐに気持ち良くなるから――」
蓮🖤「…………」
ぴたり、と手が止まった。
今の声。
今の言葉。
聞き間違い……ではない。
蓮🖤「……変態、誰連れ込んで、何やってやがる」
低く呟くと、蓮は躊躇うことなくドアノブを掴み、勢いよく扉を引いた。
ガチャッ――
涼太❤️「やぁ、ヤブ医者。ノックくらいしたらどうだい?」
◇
子供の頃の夢は、サッカー選手になることだった。
外で遊ぶのが大好きで、虫籠と虫網を持って外へ飛び出しては、暗くなるまで遊び回っていた。
そんな俺が、医者を目指すようになったのには理由がある。
中学生の全国大会を目前に控えた、そう――今日みたいに、台風一過の置き土産の生暖かい風が吹く夏の終わり。
俺は、一人の友人を失った。
「絶対また、一緒にサッカーやろうな」
そんな約束も叶わないまま、友人が再びグラウンドに立つことはなかった。
優しくて、いつも笑顔で、誰からも愛されるやつだった――。
ふふっ……誰かさんにそっくりだな。
あの日、俺は初めて、人の命が永遠じゃないことを知った。
何もできなかった。
ただ、そばにいることしかできなかった。
もっと何かできたんじゃないか。
もっと早く気づいていれば。
そんな思いだけが、ずっと胸の奥に残った。
そして――俺は医者になることを決めた。
もう二度と、
大切な人を何もできずに見送るようなことはしたくない。
◇
◇
翔太💙「なんか、ふわふわする……」
すっかり酔いの回った翔太は、涼太の肩に身体を預け、力なくもたれかかっている。
涼太❤️「ほら、ちゃんと立てるかい?」
翔太💙「むりぃ……」
涼太は苦笑しながら、翔太の身体を支えた。
翔太💙「涼太ぁ……」
そのまま涼太の胸元に顔を埋める翔太。
涼太はそんな翔太の身体を支えながら、そっとおでこに手を乗せ、優しく髪を梳いた。
涼太❤️「今はゆっくり寝なさい」
翔太💙「ありがとう、涼太……」
ゆっくりと瞼を閉じた翔太の目尻に光る雫が頰を伝うと、涼太はそれを優しく拭い去った。
涼太❤️「そう、上手だね、翔太」
翔太のおでこに、優しく唇が触れた。
涼太❤️「大丈夫だよ……力を抜いて。すぐに気持ち良くなるから――」
ガチャッ――
蓮🖤「てめぇ💢」
看過できない事態発生だ。
アルコールの匂いが充満した宮舘の部屋では、翔太が彼の胸に身体を預け、安心しきった表情を浮かべて眠っている。そんな翔太を抱き抱える変態野郎は、終始落ち着き払って……
涼太❤️「しーっ。ようやく寝たところなんだ。静かにしてくれ」
などと言って、隙間なく翔太を抱き寄せ俺の神経を逆撫でしてきやがった。
翔太💙「……んっ……涼ちゃん」
蓮 🖤「💢」
涼太❤️「今夜は、ここに泊まるってさ」
俺の手を払った、その手が――今度は宮舘の寝巻の襟を掴んでいる。よく見ると、瞼をよほど擦ったのだろう。泣き腫らしたような跡が残っている。
頬を赤く染め、少し呼吸が荒い。
蓮 🖤「急性アルコール中毒の疑いがある」
涼太❤️「そう?ずいぶん都合のいい診断だね」
宮舘は愛おしそうに翔太の寝顔を覗き込むと、パサッと落ちてきた横髪を梳き、耳に掛けた。
涼太❤️「ただの酔っ払いだよ。頰が赤いのは、大好きな涼ちゃんと一緒に居られて少しだけ照れてるだけさ」
蓮🖤「そっちこそ、変態ストーカーの都合のいい解釈だ。翔太を渡せ」
蓮は低く言い放つと、涼太の返事を待つことなく翔太へ手を伸ばした。
その手が、翔太の肩に触れる。
眠っていた翔太の身体が、わずかに揺れた。
蓮は構わず、そのまま身体を起こそうとする。
けれど――
翔太💙「……ん……」
小さな声が漏れた。
眉間に皺を寄せ、眠ったまま身じろぎする翔太。
その表情が苦しそうに歪んだのを見て、涼太がすぐに蓮の手を制した。
涼太❤️「待って」
蓮🖤「……なんだよ」
涼太❤️「起こさないでくれ」
静かな声だった。
先ほどまでのふざけた調子は、どこにもない。
涼太は翔太の背中に腕を回したまま、もう一度その顔を覗き込んだ。
泣き疲れたのだろう。
頬には涙の跡が残り、長い睫毛はまだ少し濡れている。
それでも今は、ようやく安心したように眠っている。
涼太❤️「やっと眠ったんだ」
蓮🖤「…………」
涼太❤️「連れて行くのは構わないよ」
その言葉に、蓮が目を細める。
涼太❤️「ただし――」
涼太は翔太の頭が揺れないよう、そっと手を添えた。
涼太❤️「大事に扱ってくれ」
蓮🖤「…………」
涼太❤️「今の翔太は、君が思っている以上に疲れてる。心がね」
蓮は何も答えなかった。
ただ、翔太の顔を見つめている。
いつもなら、こちらを見れば何かしら反応を返してくる。
笑ってくれる。
怒ってくれる。
時には、呆れたような顔までしてみせる。
けれど今は――
自分ではない人の腕の中で、静かに眠っている。
蓮はゆっくりと息を吐いた。
そして今度こそ、翔太の身体へ腕を回した。
涼太が支えていた身体を、慎重に受け取る。
翔太の頭が肩へ落ちそうになる。
蓮🖤「……っ」
反射的に腕を強め、頭を支えた。
その瞬間――
翔太💙「……いやっ」
眠ったまま、翔太が小さく身を捩った。
蓮🖤「…………」
翔太の手が伸びる。
けれど、その手が掴んだのは蓮の白衣ではなかった。
涼太の寝巻の襟だった。
翔太💙「……涼ちゃん……」
そのまま、離れようとしない。
蓮の動きが、ぴたりと止まった。
涼太は何も言わなかった。
ただ、翔太の背中をゆっくりと撫でる。
涼太❤️「大丈夫だよ。ここにいるから」
翔太はその声を聞くと、少しだけ身体の力を抜いた。
けれど、指先だけは寝巻の襟を離さない。
蓮🖤「…………」
それを見つめる蓮の眉間に、深い皺が刻まれていく。
涼太❤️「無理に引き離すと、また起きてしまうよ」
蓮🖤「……分かってる」
低い声だった。
蓮は翔太を起こさないよう、もう一度その身体を抱き直す。
今度は、さっきよりもずっと慎重に。
蓮🖤「……外泊を許可した覚えはない」
涼太❤️「はいはい」
蓮🖤「翔太をこんなところに泊めるわけにはいかない」
涼太❤️「そうだね」
蓮🖤「だから連れて帰る」
涼太❤️「……うん」
涼太は小さく笑った。
けれど、その目は笑っていなかった。
涼太❤️「じゃあ、ちゃんと連れて帰ってあげて」
その言葉に、蓮は一瞬だけ涼太を見た。
そして――
何も言わず、眠った翔太を抱き上げた。
その腕の中で、翔太はまだ涼太の寝巻の襟を掴んでいる。
蓮🖤「…………」
涼太❤️「それ、離してもらえるかな?」
翔太💙「……や……」
蓮🖤「💢」
涼太❤️「寮には戻りたくないらしいよ。……君達、俺の大事な翔太になにしたの?」
蓮 🖤「オマエこそ翔太に何したんだよ」
涼太❤️「残念ながら、何もないよ。何かするつもりもなかった。ただ——」
襟を掴む翔太の手の甲をねっとりと撫でた涼太は、クスッと笑うと優しく引き剥がした。
涼太❤️「ただ、翔太に求められたら…………理性を保てる自信はないけどね」
蓮🖤「寝言は寝てから言え。それに、オマエ、いちいち言い方がエロいんだよ」
涼太❤️「そうかな?」
蓮は翔太を抱き上げたまま、宮舘の部屋を後にした。しばらく廊下を歩いていると、腕の中の翔太が小さく身じろぎした。やがて、その瞼がゆっくりと開く。
翔太💙「……んぅ……」
まだ夢の中にいるような顔で、翔太はぼんやりと蓮を見上げる。
翔太💙「……れん……?」
蓮🖤「起きたか」
翔太💙「……なんで…………」
翔太は蓮の首元に腕を回したまま、再び目を閉じようとする。
蓮🖤「おい。寝るな」
翔太💙「……眠い……」
蓮🖤「ったく……」
呆れたように呟きながらも、蓮は翔太を下ろそうとはしなかった。むしろ、ずり落ちそうになった身体を抱き直し、そのまま寮へ向かう。やがて二人が寮の入口へ差しかかった、その時だった。
翔太💙「……あ」
翔太の視線が、ふと横へ逸れる。
蓮🖤「どうした?」
翔太は蓮の腕の中から身を乗り出すようにして、壁に掲示された掲示板を見つめていた。そこには、色鮮やかな一枚のチラシが貼られている。『夏の夜空を彩る――○○市納涼花火大会』
翔太💙「……花火……」
蓮🖤「花火?」
翔太💙「うん……」
眠そうだった瞳が、ほんの少しだけ輝いた。
蓮は掲示板へ目を向ける。開催日は、数日後。
翔太💙「……行きたい」
ぽつりと零れた、その言葉。
蓮🖤「…………」
翔太💙「花火……見たい」
いつもの翔太なら、もっと無邪気に「行こうよ」と言っていたかもしれない。けれど今の声は、どこか遠慮がちだった。それでも、その瞳だけはチラシから離れない。蓮はしばらく黙って翔太を見つめた。そして――
蓮🖤「……行くか」
翔太💙「……ほんと?」
蓮🖤「ああ」
翔太💙「……やった……」
嬉しそうに笑った翔太は、そのまま蓮の胸元へ頬を寄せる。
翔太💙「蓮と……?」
不意に問いかけられ、蓮は一瞬だけ言葉に詰まった。
蓮🖤「……誰と行くつもりだよ」
翔太💙「……三人がいい」
その一言に、蓮の腕がほんの少しだけ強くなる。翔太はもう一度、安心したように瞳を閉じた。
今度は蓮の白衣をしっかりと握り締めたまま——
翔太💙「……楽しみ……」
蓮は掲示板に貼られた花火大会のチラシをもう一度見た。
夏祭りだなんて、人で溢れた場所は苦手だ。
それでも――
蓮🖤「……その顔が見たかっただけだ」
蓮の独り言は、寮のエントランスに敷かれた深紫のカーペットに沈んでいった。
コメント
5件
可愛いなあ可愛いなあ本当に可愛いなあ大好きだよぉ💙💙💙

みぅです🤍 第68話、読み終えたよ…。 涼太が翔太を寝かしつけてる場面、なんでこんなに柔らかくて苦しいんだろうね。「大事に扱ってくれ」って蓮に言う涼太の目が笑ってなかったのが、心に刺さった。翔太が涼太の寝巻きの襟を離さないのも、無意識の信頼が見えて泣ける。 最後の花火の約束。翔太の「楽しみ」が、久しぶりに無邪気な子供の声で──その顔を見たかったんだって蓮が言うの、すごくよかった。 夏の花火、絶対いい思い出になってほしい。 この優しい温かさ、壊れないでほしいな。