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第7話:人気投票1000位の名探偵
ブックスペース・ミステリー棚の奥にある「実験ログスペース」は、人気上位キャラが配置される主流棚の陰に隠れていた。
今日、ソウタはそこにログインした。
彼のアバターは現実より少し背が高く、薄い紺のシャツとジャケットに、丸眼鏡をかけた知的な青年風。髪は横に流した黒。肩幅は狭めで、やや猫背気味だ。設定で“地味に見える”よう微調整されていた。
演じるキャラは「今村マモル」。ミステリー棚人気投票1000位。
使用者は1ヶ月で3人だけ。AI補完率92%。公式タグは《#地味探偵》《#空気以下》《#マモルは黙ってて》。
だが、今日だけはそのキャラに「生の演者」が入る。
理由は単純だった。――誰も使っていないからこそ、自分で試せる余地があると思った。
【ミステリー棚:第81話『見つけられた遅すぎた証拠』】
舞台は古い博物館。照明のない展示室の奥、台座の上に血痕と封筒が残されている。
登場人物は、助手の少女AIと、ベテラン警部AI。
そして椎名ソウタの操作する名探偵・今村マモル。
このキャラの問題点は明確だった。
“口数が少なすぎて進行が止まりがち”、“指摘がまわりくどくてテンポが悪い”、“事件解決の筋が弱い”。
だからこそ、ソウタは台詞すべてを自分で再構成した。
声のトーンを低く抑え、歩幅を変え、間合いを調整する。
AIたちが予定通り動く中、自分は予定通り“動かない”ことを選んだ。
そして事件のクライマックス。
本来なら証拠品に指をさして「君がやったんだろ」と言う場面で、ソウタは一歩だけ助手の前に立った。
ただ黙って、封筒を少女のポケットに滑り込ませた。
少女AIが目を見開き、ほんの一瞬だけ“想定外の沈黙”を作った。
続く演出もズレ、最後の結末台詞も省略された。
なのに、その違和感が物語を“完成させてしまった”。
ログ終了後、SNSでは異変が起きていた。
「今日のマモル回、やばい」「沈黙が怖いほどよかった」「見てたこっちが息止めた」
タグ《#マモル回再評価》《#81話の余白》《#地味探偵覚醒》が、突如トレンドに上昇していた。
観賞モードで見ていたプレイヤーの中には、思わず涙が出たと書き込む者もいた。
AI補完台詞が一切使われていない回は、ここ半年で初だった。
学芸員テラヤマは、その日の夜に短く投稿を上げた。
「81話。演者ログによる改変を、棚内分岐に保存。今村マモル(ver.演7.1)に格上げ申請中。演者補完を超えたと判断。」
ソウタはその投稿を読んで、静かにスマホを閉じた。
誰にも期待されていなかったキャラ。
でもそのキャラが、自分の演技によって“ひとつの物語”として生まれ変わる瞬間。
ブックスペースにおいて、演出権はプレイヤーにも存在していた。
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