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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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行きの車内では、拓馬が雰囲気を盛り上げようと一生懸命話し掛けてきた。だが、彩の表情は暗く、不愛想に相槌を打つだけだった。
海に到着しても彩の態度は変わらない。すぐ防波堤に登り、黙って海を眺めていた。横に座った拓馬に視線を向ける事も無く、冷たい態度を取り続ける。失礼だと思っても、自分の感情がコントロール出来なかった。
そんな無意味と思える時間がただただ過ぎていく中で、彩はふと気付く。車の中ではあれ程話し掛けてきた拓馬が一言もしゃべらなくなっていたのだ。
――私に愛想を尽かしたのか、それとも怒ってしまったのか。どちらでも構わない。深く付き合うつもりはないし、もうこれ以上誘われないならその方が霧島さんにとっても良い筈だから。
そんな事を考えながら、彩は恐る恐る拓馬の顔を見た。
「えっ……」
彩は拓馬の顔を見て驚く。拓馬は怒るどころか優しい笑顔で彩を見つめていたのだ。
心がほんわかと温かくなり、朝からの重い気持ちがフッと軽くなるような、そんな優しい笑顔だった。
「あ、ごめん、邪魔だった?」
彩と目が合った拓馬は少し焦ったように視線を逸らす。
「あ、いや、そんな事は……」
――なぜ? こんな失礼な私に対して、なぜあんな優しい笑顔をでいられるの?
彩は気持ちが軽くなった事で、今日の自分の態度が余りにも失礼だったと恥ずかしくなった。
「横顔があんまり綺麗だからずっと見ていたんだ」
視線を合わすのが恥ずかしいのか、拓馬は海を見ながらそう言った。
「ごめんなさい」
彩は心から後悔して頭を下げた。
「えっ、どうして? 楽しくなかった? この海岸じゃ嫌だった?」
拓馬は今後の付き合いを断られるのかと勘違いして焦っていた。
「いや、そうじゃないの。ここは凄く静かだし、楽しいです……」
彩はしどろもどろで慌てて訂正した。
「そう、良かったー」
拓馬はホッとして笑顔になる。
大柄な拓馬が見せたその人懐っこい笑顔を彩は可愛いと感じた。男性に対してそう思うのは初めての経験だった。この時の拓馬の笑顔を彩は今でも憶えている。和也が死んで以来、心を覆っていた殻が溶けていった瞬間だった。
それからは二人で海を見ながらいろいろ話をした。女性慣れしていない拓馬は気の利いた話ができる訳ではないが、一生懸命楽しませようとしてくれている姿に彩は好感が持てた。
特に何もしないただ海を眺めるだけのデートが終わり、帰りにファミレスで食事をして、彩は実家のマンションまで送ってもらった。
マンションに着いて別れ際、拓馬は「あの……」と言って車のドアを開けようとした彩を引き止めた。
「初めて出会った時から佐々木さんの事が好きです。付き合って貰えませんか?」
敬語で少し震えている声が拓馬の緊張を彩に伝える。軽い気持ちじゃない、本当に心から真剣に告白してくれていると彩は感じた。
拓馬が好感の持てる人物なのは分かっている。和也の事が無ければすんなりOKしただろう。
彩はすぐに返事が出来ず、二人は緊張の面持ちで見つめ合った。
と、その時、彩のポケットの中で「リーン」という鈴のような小さな音が鳴った。
彩はポケットの中にある音の発生源を取り出す。それは和也がお守りにしていた小さな男の子の人形だった。
――和也君……。
不思議な出来事だったが、彩は人形に和也が乗り移って笑顔で後押ししてくれているように思えた。
拓馬は何が起こっているのか分からず、不安そうに彩を見ている。
彩は悩んだ。和也が人形に乗り移って拓馬と付き合えと言ってくれていると確信していたが、それでも尚、和也以外の男性と付き合う決心は出来なかった。
「私はまだ霧島さんを好きとは言えません。霧島さんはとても素敵な男性だと思いますけど、付き合っても好きになれるかどうか分からないんです……」
彩は自分の気持ちに嘘を吐いた。
――私は霧島さんを好きになり始めている。付き合えばきっと今以上に好きになると思う。ここで和也君の事を告白して霧島さんと付き合い出せば、過去にけじめを付けて新しい気持ちになれるかも知れない……。
「それでも良いですか?」
だが、彩は和也の事を拓馬に打ち明けられなかった。まだ和也を過去にする事が出来なかったのだ。
「もちろんそれで良いです。付き合って貰えるなら、俺、好きになって貰えるように頑張るから」
拓馬は即答で答える。断られた訳じゃないというだけで嬉しかった。
「ありがとうございます。それならお受けします」
彩は曖昧な気持ちのまま拓馬の告白を受け入れた。
「ありがとう! 本当に嬉しいです!」