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統率の取れた総勢五十二名。森林地帯を抜けた先にある、広大な広場に出る。
「報告にあった通りか……」
軍勢の最後尾を歩くアザミは、周りが森林に囲まれた広大な広場を見回し呟く。
その眼前には絶壁とも云える岩垣。其処の中心に一つの空洞がある。
その空洞を抜けた先こそが、夜摩一族への集落へと続く入口であった。
最前列が足を止めて、一人がアザミの下へ報告に来る。
「アザミ様! 前方の空洞より人影が」
アザミはその空洞を凝視する。
其処から左手に白き刀を携えた白銀髪をした少年が姿を現し、此方へと歩いて来るのが見えた。
“一人だと!?”
その場に居る全員に緊張が走る。
「此処から先は行き止まりです」
深い銀色の、無機質な死神の眼で見据えて、そう全員に聞こえる様に。
ユキは一人で立ち憚っていた。
“ーー白銀髪に銀色の瞳。そして、どう見ても幼い餓鬼にしか見えない容姿。報告通り、あれが特異点で間違い無いな……。確かに異質過ぎる”
『ーーだが一人で来るとは正気か?』
アザミは思考を張り巡らす。
いくら特異点と云えど、一人で来るとは考え難い。
“裏で伏兵が控えている?”
そう、一人で来る等有り得る筈が無い。これは一対一の尋常の勝負では無いのだから。
戦という名の、どちらかが全滅するまで繰り広げられる殺し合い。戦とは個人戦ではなく、数の論理。多い方が勝つのは自明の理。
アザミだけでなく、その場に居る誰もが感じ取っていた。
これは罠だーーと。
“敵の数は約五十……”
ユキは目の前の、黒装束を纏った軍勢を見回し思う。
“しかも一人一人が並じゃない……。その中でもーー”
ユキはその中の一人、長身で美しい迄に揺蕩う、腰まで有る長い黒髪。顔の左目の合間に紅い刻印が刻まれている男を見据えた。
“奴だけは他とは桁が違う。恐らくあれが当主直属部隊。この圧倒的不利状況……。勝つなら命を捨てる必要がありますね”
ユキは意を決し、殺気を思うがまま解放する。
“それでも此処は絶対に通さない!”
その殺気は凄まじい迄の冷気へと変わり、辺り一面を覆い尽くしていく。
『なっ! 何だこれは!?』
『さ、寒い!!』
その冷気は瞬く間に、辺りを白銀の世界へと変えていた。
『こ、これが特異点の力……』
敵の大多数は、目の前の少年の死神の如き所業に、少なからず動揺していた。
アザミは狼狽える者達を見て、ちっ……と舌打ちする。
“殺気だけでここまで動揺を与えるとはな……。サーモの電源を落とさせといて正解だった。レベルを見れば混乱しかねないな”
とはいえアザミは、冷静にユキを分析する。
“臨界突破レベル、推定『150%』以上は軽く有るだろう……否、まだ何かを隠している”
アザミは不意に顔が緩み、笑みが零れた。
“それだけに惜しい。尋常の勝負だったら、かつてない程の面白い勝負になっていたかもしれん”
アザミにとって、これ程の昂揚を覚えたのは四死刀との闘い以来だった。
「あれが特異点ですか……。中々面白そうな存在ですね」
「リト?」
アザミの傍らを擦り抜ける様に前に出たのは、狂座第八軍団長のリト。
「アザミ様、ここは私に考えがあります。任せて貰って宜しいですかな?」
「ふっ、好きにしろ」
「ふふふ。良い事を思い付きましたのでーー」
リトはそう呟きながら、軍勢を掻き分ける様に進んでいく。
アザミはリトの後ろ姿を見て思う。
“リトは軍団長の中でも若い番号を与えられた者。どうでる? 特異点よ”
個人差はあるが狂座に於いて軍団長の位は、番号が若い程に強い傾向がある。
「さあ皆さん、道を空けてください」
歩み寄るリトの姿に、兵達は感嘆の声を挙げた。
「軍団長!」
「おぉ! リト軍団長様!」
リトはゆっくりと、ユキの前へ余裕の表情で立ちはだかった。
「アナタから先に死にたいのですか?」
ユキも余裕と云える表情でリトを見据えた。お互いの身長差から、正に蛇に睨まれた蛙の構図にしか見えない。
「ふふふ、本当に面白いですね君は。君が恐ろしく強いであろう事は、その佇まいと殺気でひしひしと感じるよ」
だがお互いとてつもない殺気で牽制し合っている様に、そう周りには見えた。
「だが我々を相手に一人で闘うつもりなら、君はいささか思い上がり過ぎている。しかしながら貴重とも云える特異点である君を、大勢で嬲り殺しにするのは忍びないーー」
そしてリトはゆっくりと、左の親指で黒い刀の鯉口を切る。
鯉口からは黒い障気が溢れ出し、その刀身まで漆黒であった。
「ここは一つ、ゲームをしませんか? 君が死ぬか、我々が全滅するかまで続く、一対一の勝負を……ね。その方が君にとっても賢明でしょう?」
その鞘からは、徐々にその刀身が明らかになっていく。その黒い刀身から溢れ出す黒い障気は、見ただけで魂を抜かれるかの様な、そんな禍々しさに溢れていた。
兵達の誰もが心の中で声を挙げる。
『おぉ出るぞ!』
『リト軍団長の黒縄剣!』
これが壮絶な勝負になる事を、誰もがそう思っていた。