テラーノベル
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再び起きた爆音が、思考を叩き割った。
耳鳴りが残る。
空気が震え、視界の隅で煙が立ち上る。
何が起きたのか、理解が追いつかない。
ただ一つだけ分かる。
関わるな。
その直感に従うように、蒼真は一歩、後ろへ下がった。
(どうでもいい)
ぽつりと、心の底で呟く。
さっき、自分で決めたはずだ。
もう、何も期待しない。
何も望まない。
何にも関わらない。
それでいい。
それで、楽になれる。
でもまた遠くで悲鳴が上がる。
誰かが叫んでいる。
助けを求めている。
だが蒼真の足は動かない。
(おれには関係ない)
冷たく言い聞かせる。
(どうせ何もできない)
分かっている。
さっき証明されたばかりだ。
自分は、無能だ。
そのときだった。
「だれ、か…」
かすれた声。
あまりにも弱く、消えそうな声だった。
それでもなぜか、はっきりと届いた。
蒼真の呼吸が、わずかに止まる。
(知らない)
そう思う。
(聞こえない)
そう思おうとする。
だが。
「助けて…」
その声が、もう一度響いた瞬間。
重なった。
記憶の中の、別の声と。
「蒼真、こっちこっち!」
幼い日の光景。
夕暮れの帰り道。
無邪気に手を振る、あの笑顔。
澪の声だ。
胸の奥が、強く締めつけられる。
(違う)
今のは澪じゃない。
分かっている。
ただの偶然だ。
似ていただけだ。
それでも。
足が、止まったまま動かない。
(関係ないだろ)
自分に言い聞かせる。
(おれには、どうすることもできない)
それが現実だ。
助けに行ったところで、何も変わらない。
むしろ、また笑われるだけだ。
『無能が出てくるな』
さっき聞いた声が蘇る。
胸の奥で、何かが軋む。
(それでも)
視界の奥。
瓦礫の隙間から、小さな手が見えた。
必死にこちらへ伸ばされている。
その指先が震えている。
その光景を見た瞬間。
理屈が、崩れた。
「…っ」
気づけば、足が前に出ていた。
自分でも理由がわからない。
ただ、身体が勝手に動いた。
「なんでだよ」
小さく呟きながら、蒼真は走り出す。
瓦礫を越え、少女のもとへ向かう。
「大丈夫か!」
声をかける。
少女が顔を上げた。
涙でぐしょぐしょの顔。
「た、助けて…!」
その声が胸に刺さる。
次の瞬間。
頭上から音がした。
軋む音。
金属同士が擦れる音。
見上げると、崩れかけた鉄骨が今にも落ちそうになっている。
(まずい)
理解した瞬間、体が固まった。
逃げろ。
頭はそう命じる。
だが、動けない。
少女も、動けない。
時間が引き延ばされたように遅くなった。
鉄骨が落ちてくる。
(終わりか)
不思議と恐怖はなかった。
ただ、妙に納得していた。
(結局、何もできなかったな)
何も持たず。
何も変えられず。
ここで終わる。
それが、自分の人生だ。
そう思った、そのとき。
『蒼真はさ、優しいよね』
あの声が響く。
(違う)
優しくなんかない。
今だって、ただ流されてるだけだ。
それでも。
目の前の少女が、震えている。
それだけで、十分だった。
「くそっ!」
蒼真は歯を食いしばった。
少女を抱き寄せ、その身体を覆う。
せめて…。
(最後くらいは)
その瞬間。
世界が光源に包まれた。
音が途切れる。
「…は?」
鉄骨が逸れて落ちていた。
落ちてくるはずの軌道が、数センチずれている。
それだけで直撃は避けられていた。
轟音とともに、地面に叩きつけられたはずなのに、蒼真と少女の耳には入ってこなかった。
しかし、衝撃は走った。
その余韻がなくなるまで蒼真は身動ぎもできなかった。
「…え?」
少女が呟く。
蒼真はまだ動けない。
何が起きたのか、理解できない。
だが。
分かってしまう。
今のは、偶然じゃない。
心臓が、強く脈打つ。
世界を包んだ光源は、もう元の明るさに戻っていた。
でもまだ、どこかおかしい。
そして、その中心に自分がいる。
「なんだよ、これ」
震える声。
頭の奥で、何かが弾けた。
情報が流れ込んでくる。
理屈ではない。
説明もできない。
ただ、理解する。
”確率”。
起こるか、起こらないか。
その境界線。
それが、ほんのわずかに動いた。
「おれが」
自分の手を見る。
震えている。
だが確かに感じる。
触れてしまった。
世界の”仕組み”に。
「やったのか」
否定できない。
さっきの一瞬。
”落ちる確率”が、微妙に変化した。
それだけで、結果が変わった。
遠くで、まだ悲鳴が響いている。
だが蒼真の耳には届かない。
ただ一つの事実だけが、頭の中で反響する。
無能じゃなかった。
その代わり、とんでもない何かだった。
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