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(――女装……コンテスト……)
どうして、そんな話しになったのか。別に、俺は出ないから良いけど、ゼミの評判が悪くなるな、なんても考えながら、俺は階段を降りていた。エレベーターは、定員オーバーでピーなんて音久しぶりになって、俺はとぼとぼと階段で降りる羽目になった。
こっちは真剣に何を出すかとか話し合っていたのに、隣のゼミが「女装だ! 女装しよう!」なんて大声で話すものだから、こっちのゼミも面白がって、合同で女装コンテストをしよう、何て言う話しになった。まあ、楽しければ良いし、来年は就活でそれどころじゃないだろうから。あとは、教育実習もあるし。
「……女装コンテスト、ゆず君が面白がりそう」
半分聞き流していたから、詳細はそこまで知らないのだが、外部の人間も当日受付OKということにするらしい。この話をゆず君にしたら食いつきそうだなあ、何て思いながら、俺は階段」をしたまで降りきった。いい話題が手に入ったというか、話すきっかけが出来た、と俺は満足していると、階段下で待っていた後輩に呼び止められた。
「朝音先輩」
「あずゆみ君?」
長い黒髪を不格好なハーフアップにまとめた、空色の瞳が少し冷たくて鋭い後輩、鈴ヶ嶺梓弓君。先ほどまで喋っていた彼がどうしてここに? と、俺は疑問に思いつつ、少し開けたところにでて、彼の前に立つ。
「ああ、もう、話し終わりましたか? それとも、今から買い出しっすか」
「ううん、今日はここでお開き。また、後日話すって言ってた。それで、何か用があった?」
「いえ……さっきの話、全然力になれなかったな、と思いまして」
と、あずゆみ君は申し訳なさそうに頭を下げた。
そんな、こっちから相談しておいて、答えをくれ! とまで、脅迫していないんだから、と俺は大丈夫だから、と感謝と訂正をし、あずゆみ君をみる。彼は、まだ浮かない顔をして、俺から視線を逸らしていた。何か言いたそうに、口を動かしては、閉じて、ギリッと奥歯を噛み締めている。
どうしたのかと、こちらから聞いた方が良いかと、伺っていれば、あずゆみ君は「あの」と話を切り出した。
「瑞姫のこと、どう思ってますか」
「どうって。もしかして、あずゆみ君、ちぎり君のことす……」
「違います。それは、断じて違うので」
否定するところが怪しい、と言えるような雰囲気じゃなく、真剣に言っているんだな、というのが伝わってきて、俺は冗談は言えなかった。元から、冗談を言うのは苦手だったし、下手に言って滑るつもりなんて毛頭無かったわけだが。
(あずゆみ君何か怒ってる?)
ちぎり君がまた、何かあずゆみ君の気に触るようなこといったのではないかと思って、様子を伺う。仲が良いと思っていたが、矢っ張り不仲だった? ちぎり君の一方通行?
後輩同士、仲良くしていて欲しいな、という気持ちはあったし、何か困っているなら、今度はこっちが力になってあげたいと思った。でも、あずゆみ君は俯いたままで、いいにくそうにしている。呼び止めて悪かったみたいな、顔までし始めたので、俺から切り出してみた。
「ちぎり君と何かあった?」
「いえ……そういうわけではないんですけど。朝音先輩からみて、瑞姫ってどういう奴ですか」
「どういうって、あずゆみ君と同じで可愛い後輩だと思っているし、ちょっと頭良いかな、でも、怖いかなって思うときはあるかな。でも、俺なんかより、高校が一緒だったあずゆみ君の方が知ってるんじゃない?」
と、聞けばあずゆみ君は首を横に振った。
「クラスがずっと違ったので。その時はまあ、悪い噂は聞かなかったですけど……」
と、やはり、何処か濁すようにいうあずゆみ君。
言えない事があるんだろうな、と察しつつ、俺はあずゆみ君の頭に手を乗せて、優しく撫でた。
「ともっ……先輩」
「話したくなったら、話して。無理に話さなくて良いからね。俺は、いつでも大歓迎だから」
「……っ、すみません」
「謝らなくて良いよ。可愛い後輩だと思ってるから、甘えて欲しい」
俺がそういえば、あずゆみ君は、耳を赤く染めた後、コクリと頷いた。
「子供扱いは、いやだです……」
「ああ、ごめんね」
「慣れてないので。俺……何でもないです」
と、あずゆみ君は、俺の手を払って、もう一度頭を下げた。
「時間とってすみませんでした。でも、一つだけ言わせて下さい」
「何?」
「彼奴に……瑞姫に何かされたら言って下さい。俺がなんとかするので」
「うん? うん、ありがとう」
そんなことないと思うんだけどなあ……良い子だし。と俺は、楽観的に捉えて、あずゆみ君の忠告に半分頷いた形で、手を振った。あずゆみ君は、これからもう一講義あると、走って行ってしまったし、先ほどの忠告の真意は何だったのか、俺は彼をみて考える時間も無かった。
何であんなこと言ったんだろう、と考えながら、俺は帰ることにした。その前に、スマホを確認すると、ゆず君から一通のメールが入っていた。明日家に来ないか、とのメール。
「……行こう、かな」
女々しいとか、面倒くさいとか言われたくないし、男だからはっきりしないと、と、俺は自分に活を入れて、一歩大きく踏み出し、最寄りの駅まで向かった。