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こちらの茨さん🖌️
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「おうザック、おめえもここに来てたのか」 ラヴァリン王国、場末の酒場竜山亭にて。
男衆の中で一番若いザックが一杯やっていると、男衆の中で一番年嵩の男・ハグノスが後から入ってきて、ザックに声を掛けた。
彼らの行く店、もとい行ける店など高が知れていて、同僚とバッティングするのはよくある事だった。
「ハグノス兄ぃ、昼ぶりでやすね」
「『ぶり』ってほどでもねえや。半日と経ってねえよ」
こういう会話の後、彼らは決まってガハハと馬鹿笑いをするのだが、この日のザックは違った。
浮かない顔で、笑顔の一つも見せない。
「なんだザック、元気ねえじゃねえか」
ハグノスはそう言いながら、ザックが陣取っている席の隣に座った。
上も下も無い、寄せ集めの男衆であるが、年長者として若者を導こうという気持ちくらいはある。実際に導けるかは別として。
「ハグノス兄ぃも見ただろ?アルタリアの奴らの仕事っぷりをよ」
ザックが言うのは、温泉水輸入のために、アルタリア王国から派遣されてきた、ソラヤ王女の臣下達の仕事ぶりの事である。
彼らは初めて湯汲みの仕事をしたのに、自分達よりずっと早く済ませたし、担ぐ荷の量も自分達より多かった。
その光景は『俺達は王女様から仕事を貰ってるんだ』と言う事実によって湧いた自信を砕くには充分過ぎた。特に、向上心のあるザックには覿面に効いてしまった。
「あんなもん見ちまったら、自分が情けなくってしょうがねえ。シトリン姫殿下は国を立て直そうとしてるのによ、それのお手伝いをしてるオイラは力不足なんだって、見せつけられちまったんだ」
温泉事業がどうなっているか、会計などはまるで分からないが、聞こえてくる評判は上々。今まで、日銭稼ぎのゴロツキ程度にしか思われていなかった男衆が、御国の役に立てているという喜びが、彼らを奮い立たせていたのだ。
しかし、アルタリアの衆との力量差を目の当たりにして、ザックはすっかり自信を無くしてしまった。
「オイラ達じゃなけりゃ、もっと順調だったかもと思うと、申し訳ねえ気持ちまで湧いてきちまってよぉ……」
ザックの声色は、どんどん力を無くしていく。まるでらしくも無い姿だが、それをからかったり馬鹿にしたりする事を、ハグノスはしなかった。
ザックの想いは正直、分からぬでもないのだから。
「気持ちは分かるけどよ、愚痴ったって始まらねえぜ?」
ハグノスとて、自分達がアルタリアの衆より劣っている事は理解している。賃金の良い仕事が有能な者に取られていくのを、何年も目の当たりにしているのだから、痛いほどによく分かっている。
それでも、何もせずに腐ってしまうよりはと、出来ることを続ける道を選んでいる。
「姫様は俺達が働いてる事より、俺達が居なくなっちまう方が、よっぽど困るはずだぜ。あんな腕っこきの連中を集めようと思ったら、今の倍、金を出したって足りゃあしねえだろ。だから俺達がやるしかねえんだよ、落ち込んでねえで、さっさと背筋を伸ばしやがれ」
ハグノスはそう言って、項垂れているザックの背中を大きな手でバチンと叩いた。
「ぐへっ!」
ドスンと鈍い音がして、店内一同の視線が二人に注がれる。
ハグノスの剛腕から繰り出された打撃であるから、当然に重い。しかも、頑丈の身体を持ったザック相手だから、まるで加減していない。
しかし、ハグノスは無闇にザックを傷つけようとして叩いたのでは無い。
自分達のような人間には、コレが特効薬だと分かっているし、弁の立たない自分が言葉で言って聞かせるより、バチンと一発食らわせてやった方が、よほど伝わる事が多いと知っている。
「ケンカは勘弁しておくれよ。どうしてもって場合は、外でやりなよ」
音に反応して、二人に目を向けた竜山亭の女将が、呆れたように言った
息もつけぬ様子で悶絶するザックと、目に怒気を滾らせたハグノスの様子を見た女将は、ケンカを始めた物と思ったらしい。
それに答えたのは、酸欠状態で顔を真っ赤にしたザックだ。
「ケ……ケンカじゃねえから……心配しねえでくれ……」
続いてハグノスが「そうだぜ、コイツが腑抜けてやがるから、喝を入れてやったんだ」と言うと、女将はとりあえず納得した様子
だが、中年女性の常で、何があってこのような事に至ったのかは気になるので、ザックが息を整えるまで待ち、落ち着いたのを見計らって事情を聞いた。
*******
「なるほどねぇ。急に落ち込んだと思ったら、そんな事があったのかい」
女将は、ザックから話を聞き終わると、ふぅと小さなため息を吐いた。
王女様に頼まれた仕事をするというだけで、相当な気苦労があるだろうという事は想像に難くないし、その上他国の者達との、実力の差を見せつけられ、自尊心を折られたとなれば、ザックのような手合いは簡単に落ち込むだろう。
ハグノスとて、男らしさが服を着て歩いているような男だから、負けたと感じた時の悔しさは人一倍だろう。今はザックの手前、虚勢を張っているだけにすぎないはずだ。
女将としては、常連が元気を無くしている様を見るのは辛いし、ザックが今の仕事を辞めたら、シトリン姫殿下が困るという話だから尚更捨て置けない。
正直な所を言うと、ザックの稼ぎが減ったら、その分店の売り上げ減ってしまうという打算的思惑も無いではないが、これは心の中で思うに留め、口には出さないでおいた。
しかし、ハグノスの一撃で多少はマシになったとはいえ、ザックの表情には、まだ影が残っている。
このままザックが仕事を辞め、シトリン姫殿下に迷惑がかかり、あまつさえ温泉水が流通しなくなったら………などと考えていたら、だんだんと腹が立ってきた。
王女様から直々に仕事を貰っているんだと威張っていたかと思えば、勝手にショックを受けて勝手に落ち込んでいる。
竜を恐れて元気を無くしていた時は、それは仕方が無いと同情したが、この件の相手は人間だ。
努力でなんとか出来る範疇のはずで、そう思うと一度力の差を見せられただけで弱気になるだなんて、ますます腹が立ってくる。
頭の中で、考えだけがどんどん先走り、ついには爆発した。
「バカ野郎!」
頭に上った血が、大声となって口から飛び出した。
元々声が大きい女将の、最大音量の一声である。
店全体が揺れる振動が起き、真正面で受けたザックとハグノスは座っている椅子ごと後ろにズレた。
「ウジウジしてんじゃないよ!負けたと思ったのなら、二倍も三倍も働いて見返すんだよ!疲れたって怪我したって、あんたらには竜神様の加護があるんだから、すぐに治して働きゃいいんだ!」
「お……おう………」
女将がとんでもない剣幕でまくし立てる物だから、反論も何も出来たものではなく、返答をするだけで精一杯。
というか、語気はともかくとして、言っている事自体は理に適っているから反論出来ない。
反論する事は、温泉の効能の否定になるわけで、もっと言うと温泉事業そのものの否定になってしまう。
ひいては、シトリン姫殿下の行動を否定するという事になりかねない。
『竜神様の加護』という言葉に関しては、少々引っかる所が無いでもないが。
「あんたらは王女様から、直々にお仕事を任されてんだろ?国を支える大事なお仕事を!だったら、勝手に挫けてる場合じゃないんだよ!」
ハグノスと女将に気合を入れられ、ザックの心底にある、元来の負けず嫌い精神がムクムクと湧き上がる。
そうだ。姫様が選んでくれたのはオイラ達なんだ、使えねえと思っててもクビに出来ねえ事情があるなら、使えねえと思う理由を潰せばいい。
使えねえと思う理由を潰すためには、オイラ達が沢山働けばいい。それこそ、アルタリアの衆を圧倒するくらいに働けば、使える存在になれると証明出来るなどと思いを巡らせ、俄然やる気が出てきた。
「ようし、やってやろうじゃねえか!アルタリアの奴らに負けっぱはしじゃ癪だしな!やってやろうじゃねえか!」
ザックは立ち上がって、ゴツい拳を気合いとともに天高く突き上げた。
「おう、その意気だぜ」
「そうと決まれば、たくさん食べて力をつけな!」
………三人は勝手に盛り上がっているが、アルタリアの衆は別に相手を負かしてやろうだとか、競争をしようだとかは考えていない。ただただ自分の仕事をしていただけである。
自分達の預かり知らぬ所で対抗心を燃やされ、あまつさえ勝負を挑まれている事に、彼らが気付く術は無かった。