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「……はぁ」
営業部から戻った真衣香は思わず大きなため息をついた。
心臓がバクバクと緊張を伝えているし、かと思えば重苦しく不安や虚しさも同時に伝えてくる。
「なんだぁ? お前戻ってくるなりため息なんかつきやがって」
顔を上げ見慣れた総務課のフロアを見ると、真衣香の隣の席に何度見てもサラリーマンらしくない明るめの髪の毛が目に入った。
夕方の、この時間に自分のデスクにいるなんて珍しい。
「あ、八木さん。お疲れ様です、戻ってたんですね」
一応総務に在籍している八木だが、営業所とのやり取り以外は遠い親戚でもあるという経営陣と外出することも多い。
こうして総務にいる時は、ひたすらくつろいでいるし、真衣香の目にはサボっているように見えてしまうのだが。
(……私みたいな一般社員にはわからない仕事もあるのかもしれないけどね)
気が抜けた真衣香は、若干脱力しながらそんなことを考えていた……のだが。
「おー、仕事増えたからな。南も中央も、また新しい派遣だかバイトだか入れるって言うだろ。研修はこっちでやるってよ」
八木の言葉で、再び身体に力が入る。
「……そうですか」
「あ? なんだよ、どうした」
短く答えただけの真衣香を不思議に思ったのか、八木が立ち上がる。
真衣香が手にしている総務宛の郵便物を見てニヤリと笑みを浮かべながら言った。
「ああ、下行ってたんだろ。坪井にも会ってきたんじゃねーの? の、わりに。何だよその情けねぇ顔は」
グッと手にした郵便物を持つ手に力が入る。
社内の噂話なんて瞬く間に広がるし、当然八木が知っていてもおかしくはない。
けれど直接、坪井の話題を出されたことはなかった。
今、話題にされてしまうとは、なんてタイミングだろうか。
「や、八木さんに関係ないですよ。 ほ、ほら今の間に確認してほしい書類があるんです。課長に見せる前に」
少し震える声で返事をしてしまったかもしれない。
けれど。
「あ? どの分?」
そんな真衣香には気がついていない様子で、会話が進められた。
ホッとし、デスクに早足で戻った真衣香が引き出しから取り出した書類に二人で目を通す。
そうして、そのまま黙々と仕事に打ち込んだ。
最近は早く帰りたいな、と。
坪井と話したな、と。
どこか夢見心地だった真衣香の心を冷んやりと、まるで季節に合わせるようにして、冬の現実に引き戻してきているかのよう。
不安で揺れる心は、輝いていた恋心を黒く塗りつぶしてく。
何故かって、そんなの考えるまでもない。
南、と聞くと、どうも脳内は咲山を思い返してしまうようになったらしくズキッと胸が痛んだような気がした。
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