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約束の刻限、裏通りの空気は一段と冷え込み、夜霧が街灯の光を鈍く滲ませていた。
酒場『バレンシア』。
かつて父が「お気に入り」だと嘯いていたその店の看板は、今は色褪せ、どこか寂しげに夜の闇に沈んでいる。
かつて父がここでどんな顔をしてグラスを傾け、獲物を物色していたのかを想像するだけで、胃の腑が焼けるような不快感に襲われる。
アルベルトが、革手袋に包まれた拳で静かに扉を三度叩く。
沈黙。そして間をおかず、内側から重い鍵が外される金属音が響き、扉が開くと──。
「お待ちしていました! さあ、中へ」
温かい光が漏れる店内から現れたのは、ダイキリだった。
彼女は白いオフショルダーのブラウスに鮮やかなグリーンのプリーツスカートという
昼間とは打って変わった、しかし彼女らしい天真爛漫な装いで、弾けんばかりの笑顔を浮かべていた。
片手を上げ、親しげに迎えてくれたその仕草は、以前と変わらず親しみやすいものであった。
この地獄のような復讐劇の中に、場違いな陽光が差し込んだかのような錯覚に陥る。
「こっちです!気軽にしてくださいね」
彼女に案内された店内は、カウンターの上のカクテルグラスにライムが添えられ
ランプの温かい光を受けて輝いており、外の冷え込んだ夜とは対照的であった。
微かに残る酒の香りが漂う落ち着いた空間だった。
琥珀色の瓶が並ぶバックバーは、手入れが行き届いていて美しい。
だが、奥の部屋から漏れてくる微かな機械音──
生命を維持するための、規則正しくも無機質なその音が、ここがただの酒場ではないことを物語っていた。
◆◇◆◇
数分後───…
カウンターを挟んで、私たちは向き合っていた。
ダイキリの表情から少しずつ余裕が消えていく。
「それで……母を、知っているんですよね?」
「ええ、少しだけどね」
私の曖昧な返答に、彼女は食い入るように身を乗り出した。
「!……私の母は5年前から植物状態で…母をこんな風にしたのが誰なのか……ずっと探していたんです。警察も、お医者様も『原因不明の不慮の事故だ』って取り合ってくれなくて」
ダイキリは、カウンター越しに震える手で二つのグラスを差し出した。
差し出されたのは、彼女の名と同じ、淡い若草色のカクテル。
氷の粒が美しく混ざり、表面には冷気が白く漂っている。
「私、両親が名付けてくれたこの名前が大好きなんです。『ダイキリ』……このお酒と一緒の名前で、意味は『希望』」