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突如、訓練所の風景が霧散した。
「えっ? 何?」
目の前に広がるのは、紫色の空と黄色の平原。ドルミライトに触れた時の場所に戻っていた。
ミューゼとパフィが辺りを見渡し、アリエッタとエルツァーレマイア、そしてネフテリアの無事を確認。近くには青い結晶が1つ浮かんでいる。
一通り無言で確認した2人は、一旦目を合わせてから、同時にネフテリアの方に向いた。
「いやいや、わたくしもドルネフィラーは初めてだからね? 視線だけで答え合わせを求めないで……」
「……てへっ」
「悪かったのよ」
視線に対して軽く反論はするが、今ドルネフィラーについての事前知識があるのは自分だけという事も自覚しているので、まったくもう…といった感じで息を吐いてから、話し始めた。
「今のバルドルは、ドルミライトが見せていた夢の光景だと思われるの。そしてその夢の主は、少し若い頃のバルドル……ここまでは分かってる?」
「はい、あの組合長にも聞いたんで、なんとなく分かってました。」
「寝てるのに起きていて、夢と現実が混ざりそうなのよ」
「まぁそういうリージョンだと思って、受け入れながら調べるしかないわ」
そう言いながら、宙に浮く青い結晶に近づく。
「さっきエルさんが結晶に触って、リージョンシーカーの訓練所が現れた。そしてその中で夢のバルドルと色々やった。ここにいる人々は自分が夢の存在だと自覚している様な感じだったわね」
先程パフィがバルドルに投げた質問のお陰で、新たに情報を得たネフテリアは、見学しながら考えをまとめていた。
「アイツは自分の夢が終われば出られるって言ってたけど、こうやって強制的に出る事が出来た。ぶっ飛ばせば終わるって一瞬思ったんだけど、ようは夢から覚めれば出られるんじゃないかな」
「たしかに殴れば目が覚めるのよ」
「ま、そこは想像でしかないから、また試してみるしかないわ。そして、バルドルの夢から出たら、ドルミライトが青くなって触っても何も起こらなくなった。これは読んだことがある報告書通りね」
浮かんでいる青いドルミライトを指で突きながら、解説を進めていく。
「そして驚いたのは、私達が能力を使えるという事と……アリエッタちゃんが筆を持っていたという事ね」
「えっ、能力は分かるけど、筆を持っていたのはどう不思議なんですか?」
アリエッタは外出時、常にポーチに筆を入れている。今回もずっと持っていた筆を取り出しただけなのだが……。
そのアリエッタは、現在エルツァーレマイアと一緒に青いドルミライトを眺めている。ネフテリア達とは別に、会話が通じる者同士で考察中なのだ。
「分からない? 今わたくし達は精神体…夢の存在なのよ。本体は眠っている筈。それなのにアリエッタちゃんはポーチを持っているし……わたくし達全員、服も着ている」
「……あ」
パフィは何かに気付き、思わず声を漏らした。対照的に不思議そうな顔をするミューゼ。
「服を着た状態でドルネフィラーに来たんだから、当たり前じゃないんですか?」
「そう、その無意識の当たり前が重要なんじゃないかって思ったの」
「?」
まだ理解していないミューゼの隣で、パフィが手をまじまじと見て少しだけ離れた。
「つまりはこういう事なのよ?」
おもむろに両手を頭のやや後ろで握り、一呼吸置いて軽く腕を振る。その姿を見て、ミューゼは驚愕の、ネフテリアは感嘆の表情になった。
それもその筈、普段着で何も持っていなかったパフィの両手には、戦闘用の巨大カトラリーが握られているのだ。頭のやや後ろで握ったのは、いつも愛用しているカトラリーの持ち手部分の場所だったのである。
「パフィさん、理解するの早っ! わたくしも確信してなかったのに!」
「確信してなくても、実験は大事なのよ。上手くいくとは思ってたけど、やってみると簡単だったのよ」
先程バルドルに指摘された事を、早速試していた。ネフテリアの推測を確かめると共に、可不可の実験を行ったのだ。
「よし、こうなったらあとは戦力確認かな。ドルネフィラーにはどんな夢があるか未知数だから、それぞれ軽くウォーミングアップと心構えをしておくこと」
「はい」
「了解なのよ」
ミューゼはすぐに杖を持っているつもりで構えた。すると最初からそこにあったかのように、手の中には杖があった。ニヤリと笑みを浮かべ杖を振ると、蔓が伸びて少し離れた所にある木に巻き付く。
パフィも負けじと動きを確かめる為、ナイフとフォークの素振りをし始めた。実戦を想定してフットワークを使い、舞う様にフォークの刺突、そしてナイフの斬撃を繰り返していると、ふと視線を感じて振り向いた。
「……アリエッタ? どうしたのよ?」
視線の主はアリエッタ。口をポカンと開けて、立っている。その顔は心なしか少し紅い。
(か……かっこいい♡)
完全に2人に見惚れていた。憧れの魔法を使うミューゼと、スタイリッシュに武器を振り回すパフィ。アリエッタにとっては空想でしか無かった存在が目の前にいる。改めてそう思った時、感謝や憧れを超えた感情が芽生えていた。
その様子を見守っていたエルツァーレマイアとネフテリアは、雷に打たれたかのような衝撃を受け、いやらしい顔つきになった。
(恋の波動を!)
(感じる!)
言語は違えど、考える事は一緒である。
(むむぅ、わたくしはお母様と違ってノーマルの筈なのに、ちょっとイイって思ってしまった。今のアリエッタちゃんの顔は、間違いなく恋する乙女の顔だわ)
(うふふ、アリエッタはどっちのお嫁さんになるのかしら。贅沢にも両方ともになっちゃうのかしら。これは応援しなきゃ)
そんな事を思われているが、当の本人は夢中で2人を見ている為、不浄な視線には気づかない。
「うん? どうしたの?」
「アリエッタがなんだかモジモジしだしたのよ」
(どうしよう、見てたらドキドキしてきた。見過ぎだよね、き…気持ち悪いって思われたらやだな。顔熱いし……もうダメだ恥ずかしくなってきた!)
だんだん恥ずかしくなって、耐えきれずにエルツァーレマイアの後ろに隠れ、目を潤ませながらコソコソと顔を覗かせ、2人を見直す。
『だからなんなのよ、この可愛い生き物は』
再び全員が思わず同時に呟いた。
「はぁ、もういいわ。貴女達、王女として命令するわ。将来アリエッタちゃんと結婚なさい」
「もとよりそのつもりなのよ」
「はいもちろんです」
「真顔で肯定しないで欲しかったんだけど!?」
ヤケクソ気味に冗談で言った事があっさり受け入れられ、逆に驚くネフテリアだった。
もやは全力全開の受け入れ態勢でいるミューゼとパフィだが、肝心のアリエッタにはそんな事は分からない。それどころか、自分の行動に対して疑問を抱いている始末。
『う~……』(今の絶対気持ち悪いって思われた! おっさんの照れ顔とか誰得だよ。ママに隠れるとかおかしいだろ!)
自分が少女だという事も頭の中から抜け落ち、前世の尺度で考えている。そんな混乱中の娘を見て、エルツァーレマイアはにま~っとした笑顔で声をかけた。
『アリエッタはどっちの方が好き?』
『うひゃぅ!? あにょえあわわわ』
内心大慌てだった所に、真上からの不意打ちの話題。思わず逃げそうになったアリエッタだったが、すかさずエルツァーレマイアが捕まえ、抱き寄せ、撫でまくる。
『お~よしよし~可愛いやつめ~♪ あの2人の所で幸せになるんだよ~』
『うぐっ……ふえぇぇ……ぐすっ……もうやだぁ恥ずかしい……』
撫でられた事で落ち着いたものの、そのせいで冷静に恥ずかしさを受け止めてしまい、涙ぐんで俯いてしまった。その様子がさらにエルツァーレマイアの子煩悩に火をつける。アリエッタはしばらくの間、撫でられ続けて脱出する力を失った状態で、ただひたすら可愛がられるのだった。
その様子を離れて見ていたミューゼ達3人は、苦笑いをするしかなかった。
「母親とはいえ、ちょっと羨ましいのよ」
「う~ん……」
「でもアレはちょっと異常かも? まぁいいか。さて……」
ひとまずアリエッタ達の事は置いておき、ネフテリアは周囲の様子を改めて見渡す。今いる場所はドルミライト以外何も無い、黄色の平原。
この場所へはエルツァーレマイアの気の向くままにやってきた。もし何かの力でドルミライトの場所が分かるのであれば、ドルネフィラーを調査するにあたり、かなり有効な手段となる。
その可能性を考えたネフテリアは、もう一度エルツァーレマイアにどこへ行くか任せたいと考えた。
「問題は、こっちからはどうやって頼むかよねぇ……頑張って意思疎通を図るしかないかなぁ」
「喋らずに話してみるとか?」
「……どういうこと?」
「やってみます」
ミューゼは身振り手振りや歩いたり名前を言ったりして、必死にどこかへ行こうと訴えてみた。歩いてドルミライトに触ったり、周りを指さして歩いてみたり、何かがどこかに無いかなど、どうにかして伝われと思いながら色々動いてみた。
その努力の甲斐あって、エルツァーレマイアが1つの方向を指さした。
「や、やったぁ……」
「お疲れさまなのよ」
行き先を決める為に満身創痍になったが、とりあえずこれで動く事は出来る。まだ見ぬ次の目標に向けて、歩き出そうとした。
「みゅーぜ、ぱひー、てりあ……」
ここで、これから出発するのかと気づいたアリエッタが、先程の恥ずかしさを振り切って3人に話しかけた。3人とも笑顔で少し屈み、次の言葉を待つ。
(お、お嫁さんの話は置いておいて、これからも世話になるんだし、今から一緒に行くんだし、ちゃんとお願いしておかないと)
これはアリエッタのけじめであり、礼儀である。これまでは導かれる通りに一緒にいたが、自分から言葉にして頼むのは、これからも世話になる身として重要な事なのだ。
「やんのかてめー」
どべしゃっ
いきなりの言葉に、ミューゼ達3人は盛大にずっこけた。
「しまった忘れてたああぁぁぁ!!」
「はっはやく訂正するのよ! 悪影響にも程があるのよ!」
「バルドルのやつ、今度会ったらぶっ飛ばしてやる~!」
いきなり夢が消えた事とその分析、想像通りの『当たり前』が実現出来る事、そしてアリエッタの可愛らしさに当てられ、3人共その事を忘れていたのだ。
夢のバルドルから教わった「やんのかテメェ」は、確実にアリエッタの教育に深い傷跡を残していた。
『ねぇねぇ、その「やんのかてめー」はどういう意味なの?』
『「お願いします」って意味だと思ったんだけど……ほら、試合前とかの礼儀みたいなもんで、空手とかでも礼に始まりって言うし』
『なーるほどー。さすがアリエッタね』
ミューゼ達のリアクションを見て、ちょっと自信を無くしたアリエッタだったが、その説明でエルツァーレマイアが納得してしまった。
そして前に出て、女神らしく母らしく、慈愛に満ちた笑顔を向けて3人に言葉をかける。
「おねがいします♪」
「やぁぁめぇぇてええええぇぇぇ!!」
もうネフテリアは、頭を抱えて叫ぶしかなかった。