「あっち?」
『あっち』
『あっち……』
「はうっ……」
「………………」
時々ミューゼが進む方向を指さして確認すれば、エルツァーレマイアが少し軌道修正しつつ応え、その言葉をアリエッタが復唱する。それを見てパフィが胸元を抑え呻き、ネフテリアが呆れる。
「さっきの事が嘘みたいに、癒される光景ね」
「頑張って教えた甲斐があったのよ。これから言葉を教えるのは、2人以上でやった方が良いのよ」
「疲れるから1日1回でゆっくり教えましょ」
歩き出す前、バルドルのドルミライトのあった場所で、パフィとネフテリアは必死の想いで「やんのかてめー」は使ってはいけない事を、アリエッタとエルツァーレマイアに伝えた。その言葉に対して「駄目」と言っても、どうして駄目なのかが分からないという様子で2人とも首を傾げた時は、早くもネフテリアの心が折れそうになっていた。しかし、可愛いアリエッタが今後汚い言葉で話すと思うと、ここで挫けては人として失う物が大きすぎるような気がして、全力で説得に取り組んだのだ。
身振り手振りで長時間頑張ったが『全くわからん』と言いたげな目で見られ、最後にはパフィが「やんのかてめー」と言いながらネフテリアを指さし、そのネフテリアが怒ってパフィを殴りつけるという演劇を泣きそうになりながら見せて、ようやく人を挑発する言葉だと理解してもらえたのだった。
ちなみにその時ミューゼは、その直前にエルツァーレマイアから次の行き先を聞き出したので、休憩がてら呑気に見学していた。
「今回もやっぱりドルミライトがあるのかしら」
「分からないで任せていたのよ?」
「ん~というより、今回はその確認。この先にあれば、エルさんはこのリージョンの事を知っているか、ドルミライトの場所が分かる力があるって事になるわ」
実際には、何か変な力を感じる方向を指しているだけのエルツァーレマイア。もちろんドルネフィラーの事など全く知らない。
「ドルミライトの事は知らない様子だったのよ。きっと何か感じてるのよ」
「きっとそうよね。2人とも凄いわ」
今の所、ネフテリアが確認しているのは、アリエッタの『絵の能力』とエルツァーレマイアの『何かを感じ取る能力』。
「可能だったら、親子でわたくしの専属にしたいくらいなのにね」
「アリエッタには私とミューゼも付属するのよ」
「……それはむしろ凄くお願いしたいわ」
「え?」
パフィは全く自覚していなかった。アリエッタの不思議で強力な能力はともかく、掃除に関してはメイドからも強く望まれるミューゼと、食天使サンディちゃんの娘であり料理人達のアイドルになったパフィ。王城での出来事と、ピアーニャからの拒否が無ければ、とっくに優秀な人材としてスカウトされている立場なのである。
「お仕事に困ったら、わたくしがいつでも雇ってあげるからね」
「え、えぇ、分かったのよ……?」
もちろんネフテリアも個人的に狙っていた。
しばらく歩いていると、黄色の平原の風景が突然無くなった。
「えっ?」
『わ』(なんかいきなりワープでもした? 全然違う場所になったんだけど)
アリエッタは後ろを確認したが、黄色の地面が無くなっており、空は濃い緑と明るい緑のチェック模様、地面は白色の細い橋になっている。そしてそんな橋が、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
「これって転移なのよ?」
「違うと思うけど、とりあえずハッキリしているのは、さっきとは違う場所に来たって事」
状況整理中のネフテリアの横では、エルツァーレマイアが珍しい物を見て喜ぶ子供のような笑顔になり、遠くを指さしながらアリエッタと喋っている。
「まぁ場所については、ここはドルネフィラーだし~って事で終わるんだけど、問題はここにドルミライトがあるのかどうか…………」
改めて足場の外を眺め、そこで言葉を失った。
「ドルミライト……たくさんいるね」
「ええ、いるのよ……」
エルツァーレマイアが指さし、全員が見ているその先には、透明の半球体から伸びたカーテンのようなモノで空中を泳ぐモノが大量にいた。そして、その半球体の部分には、平原で見たドルミライトが輝いている。
「綺麗なのよ~」
「うふふ、アリエッタも喜んでるね」
(うわー絵に残したい! あれクラゲみたいだ、綺麗だなー)
一同は、その幻想的な風景に感動し、笑顔に──
「いやいやいや、多すぎ! またドルミライト1つでも見つかればいいなーと思ってたのに、なにこれ!? いきなり場所が変わって頭の中整理中なのに、こんな光景見せられてどうしたらいいの!?」
──なりきれなかったネフテリア1人だけが錯乱していた。
「貴女達どうして平然としていられるの?」
「そんなの、諦めた者勝ちですよ」
「逃避!?」
「ちがいます~」
ミューゼは手をパタパタと振り、笑いながら答えた。
「とりあえずよく分からない現実は、笑顔で受け入れるのが一番楽なんですよ。あたし達はアリエッタからそう学びました」
「あ、そ、そう?」
まだ納得いかないという顔のネフテリア。
「まぁ深く考える必要は無いのよ。さっきみたいに私とミューゼが色々動くから、ネフテリア様は好きなだけ悩むといいのよ」
「考えるのわたくしに全部押し付けてない!? って目をそらさないで!?」
「エルさ~ん♪ 次はどっちー?」
「ちょっとミューゼさん!?」
そんな冷たくあしらわれる王女をみつめている1人の少女。
「てりあー?」
「あ、えっと、アリエッタちゃん。違うのよ、別に喧嘩してるわけじゃないからね? でも2人ともひどくない? 役割分担といえばそうなんだけどねぇ」
(なんかちょっと落ち込んでる?)
屈んでアリエッタの視点にあわせてちょっぴり愚痴を言うと、その雰囲気を察したアリエッタがネフテリアの頭をナデナデし始めた。
一瞬驚いたネフテリアだったが、すぐに顔が蕩けてしまう。
「あぁ……♡ これは癒されるぅ。この子がいつも幸せな顔になる理由が分かる気がする」
(よしよし、元気出してねー)
王女の顔がだらしなくなっている横では、他の3人が何か無いかと遠くを眺めている。すぐにパフィが何かを発見した。
「あれって何なのよ? あそこにドルミライトが降りてる?のよ」
指差した方向には、地面の上に鎮座するドルミライトが入った生物。そしてその中に、何か別のものが入っているように見えた。
「……あっち」(行ってみるしかないわよね)
ここまで指を差してこの世界の言葉で「あっち」と言えば、その方向に進むという作業を繰り返したお陰で、行きたい方向を伝える事が出来るようになっている。
エルツァーレマイアの行きたいという意見にミューゼとパフィも賛同し、頷いた。そしてネフテリアとアリエッタにも知らせる為、2人の方へと振り向くと、そこには幸せそうな顔でアリエッタに撫でられるネフテリアの姿があった。
3人は無言のまま、顔を嫉妬で歪ませた。
「えーっと、それじゃああの場所へと通じる道を探さなきゃね」
ジト目で目的地を告げられたネフテリアは、気を取り直して今からの行動を確認した。ちなみに、顔は少し紅い。
細く伸びる地面を見て、どこから向かおうかとかんがえていると、エルツァーレマイアから名前を呼ばれた。
「エルさん?」
『あの場所に行くのに、何か方法でもあるの?』
『もちろん。まっすぐ向かえばいいだけよ』
アリエッタの問いに答えながら、目的地のドルミライトの方に向けて、手を伸ばした。
『私が地面を作ればいいのよ……──【無地の大地】』(やばっ、いい名前思いつかなかった)
エルツァーレマイアの呟きの後、何もない場所にクリーム色の足場が出現した。そのまま足場の上に乗ると、アリエッタ達4人を手招きする。
『なるほど、ママの力は色がそのまま物質になるからね』
『ええ、地面だとどんな色でもあるから、ちょっとこの場所に合わせてみたの。これに乗ってあそこまで行くわよ』
アリエッタが少し嬉しそうに足場に乗ると、茫然としていた残りの3人が我に返った。
「アリエッタも乗ってるし、大丈夫そうなのよ。さ、乗るのよ」
「え、ええ。この能力って……」
恐る恐るだが足場に乗ると、エルツァーレマイアは満足気に頷き、ゆっくりと足場を動かし始めた。
「これはきっと、アリエッタが怒った時にみせていた能力なのよ。エルさんも使えて当然なのよ」
「親子だからねぇ。それにしても便利な能力」
「ハウドラントの『雲塊』そっくりね。色が似てるから分かりにくいけど、エルさんの髪の色が少し変わってるし」
アリエッタが怒った時……それはエルツァーレマイアが交代していた時である。本来アリエッタが怒っても、常識が違うのに加え、力が弱すぎて色を物質化する事は出来ないのだ。
のんびりとエルツァーレマイアの力について話していると、すぐに目的地に到着した。
「早いわね。ピアーニャがいれば同じ事をしてたでしょうけど」
「さて、一体あの中に何が……」
近くにやってきたことで、ドルミライトの生物の中にある何かの輪郭がぼんやりと見えていた。足場から降りて近づき、生物が動かないかと警戒しながら観察してみる。すると、その形に気付いたミューゼが声を上げた。
「これはっ!」
中に入っているそれは、小さな人の形をしていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!