比奈子は真っ白な空間にまた飛ばされた。
家族水いらずで行っていたBBQの帰りだった。
コンビニに寄ろうと晃が駐車場に停めて果歩はトイレに行くと車から降りた時、晃と比奈子が2人きりになった。
晃が運転席、比奈子は斜め後部座席に座っていた。
財布に入っていた昔の写真のプリクラを大事に今でも持っていた晃は、比奈子を見比べて、ほくろの位置を確認した瞬間。
異世界である真っ白い空間にいつの間にか飛ばされていた。
ここは見覚えがある。
そう、神様と赤ちゃんの時から時々会う場所。
白い髭をはやして、茶色の長い杖を持った神様と呼ばれる人が時々、現世での忠告を唐突にしてくる。
前世の絵里香の生まれ変わりで比奈子になったことを知っている人だった。
白い床を見ると裸足で立っていた。背格好は、3歳の姿の比奈子のまま。
辺りを見渡すと、神様はいない。
少し離れたところで白いワイシャツと黒のスラックスを着た男性がうつ伏せに横たわっていた。
静かに近づいて、誰なのか確かめに行こうとすると同時にキラキラとした光に自分の体が包まれて、前世の絵里香の姿になっていく。
3歳の比奈子ではなく、33歳の絵里香の時の姿に戻った。
声の調子も甲高くない。
少し低くなった。
そっと、しゃがんで、うつ伏せの男性の背中に手を乗せた。
「起きて、起きて」
無意識に声をかけていた。
「ん?」
目を覚ますと、背中を撫でる女性が見えた。まだ寝起きで誰かわからない。
体を起こして、しっかりと顔を見つめた。
「あ、あ! 絵里香!!」
久しぶりに見た生きている絵里香を見て、晃はとっさに抱きしめた。
「体、ある!! 生きてる!!」
腕と背中と足を触って、感触を確かめた。触りながら、涙がとめどもなく出てきた。
「本当に生きている」
また、力いっぱいに抱きしめた。
「や、やめて……苦しい。むしろ、また死んじゃう。圧迫死しちゃうって……」
「あ、ごめん」
急にパッと離した。ガクッと体が崩れ落ちる。
「急に離さないでよ」
「さらに、ごめん」
未だに涙が止まらなくて、左腕で汗を拭うのように、涙を拭いた。
「今、ここにいるってことはもしかして俺が死んだのかな? って、ここってどこ?」
「……私にもわからないけど、現世と天国の境目みたいなところかなあ? って想像してた」
「……ってごめん!! 俺、絵里香に謝らないといけなくてさ。償いきれないんだけど、本当は、俺、あのホテルだから何も言わずに消えたけど。少し気持ち落ち着いたら戻ろうと思ってたんだよね。だから、黙っていなくなってごめんな。マジで、本当に。俺、どうかしてたんだ。ここじゃないどこかに行けば、気持ち落ち着くかなとか。後先考えないで逃げてた。安らぎを見つけてしまって、後戻りできなくなったって言うか。絵里香が死んでなければ、本当は戻るつもりだったんだよ。本当に。でも、俺の居場所、子どもたちがいるだけでは自分が自分じゃないって思って。絵里香がいないとダメだって思ってて。そう言われても困るよな。俺も何、言ってんだって思ってる。俺が絵里香から捨てられたって思ってたから鬱みたいになってたんだと思う。
浮気したとか俺が思われてたと思うけど、本当は一時的な迷いで全然果歩とは思い入れは無くて、誘われてはいたけど、気持ちは当時なかったんだよね。まぁ、信じてもらえないよな。いまさら……」
四つん這いの体勢から晃は土下座をしていた。
死んでから言われてもと思った絵里香は大きくため息をついた。
「そう言うのって、話し合い、生きてる時にして欲しかったな」
「……だよな。やっぱ、家族は父母が揃って一つって思ってるから。シングルではとてもじゃないけど無責任だけど俺には無理って思ったんだ。子どもたちには申し訳ないことしたなって思ってるけどさ。もし、願いが叶うならまた絵里香と子どもたちと過ごせたらって思うけど、無理だよな。死んでるんだし」
晃は、絵里香の両手を握りしめた。絵里香は嬉しかったが、なんとも複雑な心境だった。
そうしている間にも絵里香は、またキラキラと光に包まれて本来あるべき姿の比奈子の姿に戻ってしまった。
「あ……、比奈子になったのか」
何か言いたそうだったが、口をぱくぱくさせて何も声を発することができないようだった。
届けたい声が届かないとわかると悔いた。
「声、出なくなったのか?」
目尻を下げて、困った顔をする晃。
そこへ、神様がやっと登場する。
「呼ばれて飛び出てなんとやら〜」
「呼んでないですよ?」
「いや、初対面でその対応力、いいセンスしてるね!」
両手をLの形にして、晃をさす神様。
声が出なくなった比奈子は、じっと睨みつける。
「そんな顔しないで。忠告はしたでしょう。約束破ったのは誰よ?」
握り拳を作り、パンチが出そうな比奈子。神様はさっとよけようとするが、見事に鼻が当たる。よけきれてない。
むしろ、当たりに行った。
「八つ当たりしても意味ないって」
「約束ってどういうことですか?」
「それ聞いちゃう?」
「気になりますから」
「だよね? まぁ、もう言っちゃうんだけど、君、聞いてはいけないもの、見てはいけないものを目の当たりにしたわけなの。どういうことかわかる?」
「……もしかして、比奈子と絵里香のことですか?」
「正解! ご立派」
晃にアメリカの大学でかぶるであろう、帽子をかぶされた。
「は?」
突然の帽子に戸惑いを見せて、すぐに脱いだ。
「でも、なんでそれがいけないことなんですか?俺にとっては、償いというか言いたかったことが言えてよかったというか」
「……それが言ったところで、自分は満足するかもしれないけど、希望は叶わない。そう、さっき言った通り、一度死んだものは生き返らない。生まれ変わることはあっても同じ、世界にはいられない。元の生活のような4人家族で過ごすことはできないんだ」
「まあ、確かにそうですよね。誰にでも、人生は1度きりで繰り返せない。リセットはする。でも、俺は気づいてしまったことに問題ありってこと?」
「だから、ペナルティを比奈子に与えたよ。もう、声は出せない。一生、死ぬまで。」
「え、どうしてそんな残酷なこと?!」
後ろを振り返り、神様は横を向いた。
「そうだね。私は、神様じゃなくて死神なのかもしれないよね。そんなこと言ったら、君はもっとひどいことしたんだからどっちが残酷なのかな?」
「……」
晃は息を呑んだ。
何も言えなくなった。
「でも、いいじゃない。夫婦としては過ごせないけど、親子であることは変わりないよ? さて、このあとをどう過ごすかは
君たち次第だよ。記憶は消さないであげるから有意義な人生を楽しんでよ」
神様は、杖を振り翳して、真っ白いキャンバスのような空間から、一気に飛んだ。
元の車の中に戻っていた。
夢を見ていたような感覚だった。
晃はハンドルに顔を乗せて寝ていた。
比奈子はシートベルトに寄りかかり、寝ていたようだ。
ちょうどその時、果歩は機嫌よく、助手席に乗っていた。
さっきまでは、後部座席にいたのにどういう気持ちの切り替えだろうと、比奈子は思った。
「見てみて〜。ソフトクリーム買っちゃった。自分へのご褒美。大丈夫、2人の分もあるよ」
果歩は、プレミアムバニラソフトクリームを買ったらしく、とてもご機嫌に食べていた。晃と比奈子は神様との会話で
ちょっと精神削られたようで何も言えずに黙々とソフトクリームを食べていた。
果歩は食べ終わって、スマホをチェックし、今日の夕飯は何にしようかとレシピを見ていた。
何かが変わった雰囲気だった。