「二対一、本当に勝てると思っているんですか?」
「うっさいなあ、もうッ!お前の、攻撃、しつこすぎ!」
ケタケタ、ゲラゲラと下品に笑う毒使いの男、ラアル・ギフトは、自分が兄さんを味方につけていることを良いことに、毒魔法をあちらこちらにばらまいている。酸性の毒なのか、そこら辺が穴だらけだった。
そんな、乱雑に繰り出される攻撃をかわしながら、兄さんの鋭い風魔法をかわすなんて、鬼畜ゲーだった。こんなの、普通じゃ勝てない。けれど、俺の目的は、勝つとじゃなくて時間稼ぎ。
(あっの、第二王子ほんと逃げれたのかなあ。俺に、こんなことを押しつけておいて)
まあ、最後は、面白くて自分で引き受けたんだけど。矢っ張り、手練れと戦うのは骨が折れると。それも、一回も勝ったことが無い兄さんも相手にしなきゃいけなくて。
勝った判定にならない戦いだってあったさ、勿論。ラジエルダ王国でのあれは、完全に俺は侵されていたわけだし。
(~~~~めんどくせえ)
エトワールことも考えて、大通りでの戦闘は避けた。だが、暗い路地裏。逃げ回るスペースなんて無くて、俺はどんどん追い詰められるばかりだった。トンっと壁際まで着ていることに気がついて、俺は思わず舌打ちを鳴らす。それを、ラアル・ギフトが今日一面白いことだとでも言わんばかりに笑うのでこれまたはらが立った。そのまま、笑って、死ねと。そう思うくらいに。俺は此奴が嫌いだから。
「無様、無様。勝てるわけがないんですよねえ。貴方に!大人しく、ヘウンデウン教に戻れば良いものの、何故あの偽物を庇うんです?」
「偽物、偽物いうけどさあ。どっちが偽物なんだよ」
「偽物は、先ほどの少女でしょう。いや、少女かも分かりませんね。わたしたちを欺くために、何かが化けた姿かも知れませんし」
「……」
俺は、ラアル・ギフトのいうもう一人のエトワールにあっていないから分からないけれど、俺の知っているエトワールは彼女だけだ。だから、俺の中のエトワールは彼女だけ。だからこそ、偽物呼ばわりされるのがカチンときた。ラアル・ギフトは、そのもう一人のエトワールを崇拝しているような、まるで神だともいわんばかりにうっとりとした表情でいうので、それまた気持ちが悪い。その顔の皮を剥いでしまいたいくらいに。まあ、剥いだら、はいだで使い道がないから捨てるんだけど。
そんな風に笑っているラアル・ギフトの後ろで、ただ呆然と俺を見つめる兄さんは、全く何を考えているか分からなかった。
兄さんも、ラアル・ギフトのことは嫌いだろうし、嫌いっていってたし彼奴に荷担する理由も何もないんだろうけれど。目的は違う、目指す地点は違う……ううん。
(兄さんの考えることって、俺じゃあ理解できないようなことが多いし。あれこれ考えるだけ無駄かも知れない)
俺が、兄さんを理解できたこと何てないから。人よりも兄弟としては理解できるかもだけど、兄さんとコンビネーションよくて、尚且つ、兄さんからあわせようって思って貰えるのって、エトワールだけだから。
(だから……ちょっと微笑ましいんだよな)
エトワールのこと好きだけど、兄さんは俺よりもエトワールにお熱だし、俺なんかよりも、兄さんは。そう考えると、少しだけ苦しくなった。水の中にはいっているみたいで、藻掻けば藻掻くほど気持ち悪かった。出ていって欲しい。
俺は、兄さんもエトワールも好きなんだ。
こんなの、二人にバレたら、幼稚だって言われるかもだけどさあ。
(まずは、この状況をどうにかしなきゃだね)
「醜態さらして、とっとと死んで下さいよ。わたしたちに、寝返る気がないのなら。貴方なんて必要ないんです」
「アンタにさあ、俺が必要とか、不必要とか言われたくないわけ。もっと、俺が強くなって、俺が万全の状態だったら、兄さんが、アンタの味方じゃなかったらさ。俺、アンタのことなんてすぐ殺せていたよ」
「そうでしょうか」
「そうだね。アンタは、兄さんがいるから、鼻が高くなってるだけ。アンタはそんなに強くない」
そう煽れば、ピキりと、彼の額に青筋が浮かぶ。これくらいの、煽り耐性もないなんて、矢っ張り雑魚じゃんって思っちゃうんだけど。
そりゃ、誰だって、兄さんが味方だったら、ドンッと大きく構えるだろうよ。自分が強くなった気にもなるっていうか、俺も、兄さんが味方してくれれば、誰にも負ける気がしないくらい、大きくなれるし。
ラアル・ギフトは、確かにユニーク魔法も特殊だし、毒の魔法っていう変わった武器もある。けれど、故に、弱点もあるわけで。俺と、兄さんと決定的に違うのは、身体面の弱さだろうか。兄さんは、単独行動を好み、自分で自分の身を守れるだけの強さがある。条件に合わせて、遠距離にも近距離にも戦い方を変えられる、戦いのスペシャリスト。俺の目指すべき境地。
だが、ラアル・ギフトは、接近戦に関しては、下の下の下。俺達に勝てるはずがないんだ。だから、近付くことさえ出来れば良いんだけど。
「でも、本当に可哀相ですねえ」
「何が?あと、そのねっとりとした喋り方嫌いなんだけど、やめてくんない?」
「貴方よりも、綺麗な言葉遣いだと自負しています」
と、にこりと笑うラアル・ギフト。本当に今すぐに、その顔の顔の皮を剥いでやりたいくらい憎たらしい。
しかし、ラアル・ギフトは、本当に滑稽だといわんばかりに笑うので、俺は、眉間に皺を寄せる。俺の事に関してではない。そんな喋り方に、違和感を覚えた。後ろにいる兄さんも、ピクリと眉を動かす。本当に、その様子から、味方なのか、敵なのか分からなくなる。
(兄さんが味方だったときとか、ほんと指で数える程度だけど)
まず、そうなった原因が俺にあるから、しょうがないといえばしょうがない。一生、兄さんの中の傷だろうし、兄さんの人間不信の原因も俺で。兄さんの傷になれたっていう特別感を持ってしまう無粋な俺もいる。
「で、何が可笑しいのさ。毒野郎」
「本当に、口が悪いですね。まあ、そんな口を叩いていられるのも、今のうちですらね」
「はあ?」
「貴方が、大切に思っている、あの偽物……本当に無事なんですかね?」
「は、はあ?いや、だって……エトワールは、彼奴が逃がして」
理解できていないのか、哀れですね。とでも言うように、ニタリと笑うラアル・ギフト。こちらの勝ちだといわんばかりに笑うものだから、ゾッと鳥肌が立つ。
何を言いたい?
だって、俺は、あの第二王子を信じて……
(いや、彼奴は敵じゃない。それは、俺も分かってるし、あっちも裏切るなんてことしないだろう。する理由がない……なら)
そこまで考えて、俺はハッと顔を上げた。
「わたしの魔法が無事に発動したので、きっと今頃、彼女は苦しんでいるでしょうね。まあ、本物の聖女だというのであれば、少しくらい耐えるかも知れませんが」
「ラアル・ギフト……テメェッ!」
エトワールが気づかないのも無理ない。ラアル・ギフトと戦うときの注意点とか、注意を払わないといけないところ、とか……俺が言っていればよかった。
ラアル・ギフトの魔法は、空気感染する毒も作ることが出来る。本当に、最悪外道の魔法だ。それが、ユニーク魔法じゃない、派生形の魔法であるから、尚更たちが悪い。俺も、久しぶりに、此奴と戦うから、忘れていた。言うのを。俺は、無意識のうちに、ラアル・ギフトの魔法を弾く魔法を自分に付与していたから、気づかなかった。あとから言われて、そうだと。
(まずい……)
あの第二王子が魔法を斬ることができる魔法を持っていたとしても、今回ばかりは役に立たない。魔法は、身体に付着する前に斬ることで、無効化できるであって、効果が出たあとは、彼奴の魔法は役に立たない。第二王子が、もう一人の聖女の元に、エトワールを連れて帰ってくれていれば良いけど、あまり、期待できない。
「…………」
「ささっ、もう守るものがなくなったんじゃないですか?ラヴァイン・レイ」
「おい」
と、口を挟んだのは、兄さんだった。
兄さんは、ぐいっとラアル・ギフトの肩を掴んで、引き下がらせると、俺よりも輝かしい黄金の瞳で、ラアル・ギフトを睨み付ける。蛇に睨まれたカエルのごとく、ラアル・ギフトは、ピタリと止ってしまった。凄い殺気が、こっちまで伝わってくる。怒っているって言うのが分かった。
兄さんが、味方か敵かはまだ未確定として、兄さんとて、エトワールを傷付けられるのは耐えられないんだろう。それを、ラアル・ギフトは分かっていない。兄さんの、地雷を踏み抜いて、は? は? と、ラアル・ギフトは混乱しているようだった。
「テメェは、もう下がれ。戻ってろ」
「待って下さい。アルベド・レイ。何をしようとしているんですか。わたしも、成果を出さなきゃいけないんですよ」
「テメェは自分ばっかりだな。俺が、ここを引き受けるっつぅってんだ。早く帰れ。今すぐにだ」
「……ッ、わかり、ました。任せますよ」
そう言って、ラアル・ギフトは踵を返し、転移魔法を唱える。紫色の魔方陣が彼をつつみ、シュンッと音を立てて、ラアル・ギフトはこの場を去った。兄さんの言ったとおり、自分の事しか考えられない奴なんだな、って思った。嫌いだなあ。
(つか、成果って何だよ)
目標を、決められたことをやり遂げられなかったら、殺されるとか? もう一人のエトワールに?
色んな疑問は浮かんだが、ラアル・ギフトなんてどうでもイイと、俺は目の前の紅蓮に視線を移す。どういった理由で、俺と二人きりになりたかったのか、なったのか、聞きたいし。
「何、兄さん。俺と、二人っきりでお話ししたいって?」
「ほざいとけ。お前に忠告しておこうって思っただけだ」
と、兄さんは、冷たくかえす。
「忠告って、俺さあ、そんなに子供じゃないんだけど」
「そう言っているうちが子供だって言ってんだ。現に、エトワールが彼奴の毒に侵されているこの状況、お前はどうする?」
「……」
俺の落ち度。
でも、兄さんも、自分の事責めているんだろうなって分かった。エトワールの味方ではあると、そう思えるから。
「まあ、もう一人の聖女様がどうにかしてくれるだろうが。問題はそこじゃねえな」
「俺は」
「いいか、ラヴァイン。お前は、この件から手を引け。俺がなんとかする。お前も、エトワールも――」
巻き込みたくない。と、兄さんは優しくも寂しい目で俺に言った。