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#ダークファンタジー
鏡の迷路に現れた扉——過去の扉。
俺はドアノブを握って、ゆっくり開ける。
扉の向こうは——俺が高校一年までいた高校だ。
夕闇が迫る学校。空の色は黒に近づき、群青の空へと変化していた。
職員室には明かりが灯されているが、人はおらずただ一人——清水正高だけがいた。
清水は自分の机に座って、ニヤニヤとスマホの画面を見ていた。
霊体の俺は気配を消して、背後に近づく。
「いい身体してるよなぁ」
呟く清水が見ている画面を覗くと、そこには着替えをしている女子生徒の下着姿の写真——盗撮画像だった。
——こいつ……最低だな。
清水はスマホ画面から、机の上に置いていた生徒の個人資料ファイルに目を向ける。
ファイルから推薦希望書を取り出すと
「身体は良くても、頭が悪い」
赤ペンでバツ印を付けた。
——反吐が出る……
口に手を当て、俺は清水を睨みつける。
この男は、人間のクズだ。
そう思った俺は、職員室にある鏡に目を向けた。
鏡に映る俺の姿は、黒いフードマントを着ていた。
いつから、この姿になったのか?
気づいたら、フードマントを着ていた。
いや、違う。
よく考えてみれば、この姿になったのは扉を開けて、足を踏み出した時からだったような気がする。
あらためて鏡に映る自分の姿を見て、もう後には戻れない。
戻ったとしても、目の前にいる今の清水を見て、さらに許せなくなっているんだ。
もう躊躇する理由はない。
俺は清水の耳元に顔を近づけた。
「俺と同じように、気分で推薦を取り消したのですか?」
俺がそう言うと、清水はビクッと身体を震わした。
そして恐る恐る振り返る。
「お前……梶原?」
驚いた顔で、慌てて椅子から立ち上がった清水。
だが、すぐに嘲笑の笑みを浮かべて言った。
「……お前、何しに来た? 学校を辞めた奴が、卒業生でもないのに、勝手に入ってきて……不法侵入だぞ?」
人を馬鹿にするような口ぶりに、俺は「ハッ」と呆れた笑いを浮かべた。
「学校を辞めた奴……か。俺を辞めさせるように仕向けておいて、ずいぶんな言い方ですね」
「何を言って……」
「俺が溝口にやられてることを、あなたは見て見ぬふりした。
そして、俺がやられたことを、なかったように仕向けましたよね?」
「そんなことするわけないだろ?」
馬鹿にしたような顔で、清水は言ったが俺は淡々とした声で言う。
「してない? そんなはずないですよね? 溝口の親から金をもらったあなたは、溝口の親と一緒に俺の親に圧をかけてきた事、忘れたのですか?」
「違う!そんなことしてない!」
「したから言っているんですよ。
ふざけていただけと、少しやりすぎただけと言って……
溝口の親は謝罪金を持ってきた。
受け取らないなら、今後の商売に関わると、俺の親を脅した」
「……」
「溝口の親に同調したあなたが、俺や俺の親に穏便にしたほうがいいと言ってきたこと……
忘れたなんて言わせない」
溝口はバツの悪そうな顔で、俺を見る。
「俺の親はあなた達の言い分を、受け入れなかった。
だけどその後に、俺の家の噂が流れた。
あなたはその事も、よく知っていますよね?」
「噂? そんなのは知らない! 俺には関係ないことだ! 何の証拠があって、俺のせいだと言うのか!」
「あなたのせいだという証拠はない」
「ほら、そうだろう……」
「だけど、穏便にしろってあなたが言ったように、俺はあなたたちに関わらないと決めて、学校を辞めた。そうでしたよね」
「……」
顔を顰め、無言になる清水に、冷たい目を向けて俺は言った。
「あの時は関わらないと決めましたが、今はそうはいかなくなったのですよ。
昔も今も、教師として最低でクズのあなたの魂を、もらうことになりましたから」
「は? 魂?」
目を見開き、驚愕している清水に
「最後ぐらいは、教師らしく教え子の役に立ってください」
と、俺は嘲笑った。
清水は見る見るうちに、顔を青くする。
「最後って……まさか、お前……俺を」
後退りしていく清水に、俺は冷ややか笑みを浮かべて近づく。
「う……うわぁああ!」
清水は恐怖に怯えた顔で叫んで、職員室の出口に向かって走り出した。
俺は清水の後を追う。
清水は職員室を出て、正面玄関に向かっていた。
このままだと、外に逃げられる!
そう思ったが——
「何故、開かないんだ?!」
正面玄関のドアを開けようとした清水が、ガチャガチャと音を立てながら叫んでいた。
俺の気配を感じた清水は、振り返ると玄関ドア横にある傘立てを掴んで
「うわぁああ!」
と叫んで、俺に投げつけてきた。
咄嗟に避けた俺の隙を見て、清水はまた校舎廊下に戻り、職員室の反対の方向に逃げた。
——しまった!
俺が後を追おうとしたが、正面玄関から
「樹、バカなの?」
という声で振り返る。
グリムリーパーが笑いながら立っていた。
「お前、霊体なんだよ? 傘立てを投げられても当たるわけないだろ?」
「あ……」
そうだった。
俺は避ける必要がないのに、人間の感覚で避けてしまった。
そのせいで取り逃したのだが……
「そのドアが開かなかったのは……お前のせい?」
俺が聞くと、グリムリーパーは「ぶはっ」と大爆笑した。
笑う奴に俺がムッとした顔をすると
「あははは。違うよ。さっき警備員がドアにセキュリティーロックかけてたよ」
ドア横の壁にある施錠解除のモニターパネルを見た。
「ロック……そうだった」
この学校は校舎が閉まっている時は、出入り口全てにセキュリティーロックがかかる。
今は夕暮れ。全ての生徒が下校した為、ドアロックがかかったのだ。
だが、教師は解除コードを知っているはず……。
「あのおじさん、パニックで頭から抜け落ちてたみたいだね」
グリムリーパーは笑いながら言った。
「ほら、早く追いかけろよ。
ロックの事を思い出す前に、捕まえろ」
顎をクイっと上げて、グリムリーパーは早く行けと示す。
俺は無言で頷いた。
清水は昇降口に向かっているはずだ。
追いかけた俺が、清水に辿り着くと、やはり奴はドアをガチャガチャと開けようとしていた。
奴の動きが一瞬止まりかけて、視線を移そうとした時、すかさず俺は清水に声をかけた。
「逃げても無駄ですよ。そのドアは開かない」
「—–ッ!」
振り返った清水が、驚愕した顔で見る。
視線を手元に戻した清水が、ドアから手をゆっくり離して俺に振り返る。
「おっお前は、俺を殺す気か?!」
絶叫と言える大きな声で叫ぶ清水に俺は
「殺す? 違いますよ。魂を頂くのです」
冷静な声で言った。
「アアァァァァ」
清水は声にならない声で喚きながら、昇降口横の階段に向かって全力で走り出した。
中年の体力とは思えないほど、階段を駆け上がる清水。
——人は追い込まれたら、とてつもない力を出すんだな。
何故か俺は清水の姿を見て、火事場の馬鹿力だなと、冷静に見ていた。
こんな時に冷静になる自分は、少しずつ人ではないモノになっていく。
そんな自覚すら、この時の俺には無かった。
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