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イヤな不安ほど的中するものはない――
「久しぶり~! とは言っても1ヵ月半ぶりの再会だけどな」
待ち合わせ場所に現れたスーツ姿の男は、タケシ先生の姿を見た途端に、微笑みの貴公子みたいな、イケメンすぎる笑顔を振りまいた。
研修医時代に指導をした人だと聞いていたから、てっきりものすごく年上だと思ったのに、童顔のせいか、タケシ先生と兄弟と紹介されても、違和感がない感じがした。
「1ヵ月半ぶりでもお久しぶりです。御堂先輩」
「相変わらず、可愛くない返事しやがって」
言いながら隣にいる俺に、視線を飛ばした。俺とたいして背の高さが変わらないため、びしばしと視線が顔に突き刺さること、この上ない。
「はじめまして。看護学生の王領寺 歩と申します。今日はワガママ言って、タケシ先生について来ました」
訊ねられる前に自分から口を開いてみたら、その行動に驚いたのか、タケシ先生がまじまじと俺を見つめてくる。
ふたりの視線を受けて、逃げ出したいほどの衝動に駆られたけど、ここで怯んじゃダメなことくらいわかっていた。
なんてったってコイツは、愛しのタケシ先生の唇を奪ったヤツ。ここは俺が、しっかり守らないといけない!
「周防ってば俺が手を出せないように、小さな番犬を連れてきたのかよ?」
御堂はくっくっくと小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべ、あからさまに俺を見下す。
「……榊原教授はどうしたんですか?」
御堂の質問をスルーし、えらく真面目な顔を作りこんで話しかけるタケシ先生。こういう雰囲気を漂わせたときは、俺でもなかなか触れることができない。
「教授には先にホテルに行ってもらった。学会のリハがあるし、出席者同士の積もる話があるから、邪魔しないようにしないとさ」
タケシ先生の質問に答えているくせに、視線はずっと俺にロックオンしたまま。まるで値踏みをするかのようなそれに、思わず怯みそうになってしまった。
「大人の男よりも、若い男に走ったってわけか。なんか意外……」
「なにがですか?」
「見た目はしっかりしてる割に、心の内が弱い周防には、包容力のあるヤツが似合いだと思っていたのに。これじゃあ、張り合えないじゃないか」
(――張り合えない、だと!?)
御堂の言葉にカッとなって、言い返そうとしたら、タケシ先生の右手が俺の口元を覆った。
「小さな番犬の無駄吠えを防ぐために、周防自ら口を塞ぐとはな。手がかかる分、可愛いんだろ」
「そうですね。愛着がわきます」
「なるほど。自分の言うことをよく聞く、忠犬が欲しかったというわけか」
俺のことを馬鹿にするような御堂の台詞にあえて答えず、ただ微笑みを返すタケシ先生の意図が、さっぱり分からない。そんなんじゃないと反論したいのに相変わらず俺の口は、タケシ先生の右手で覆われたままだし。
「周防は忠犬だと思っているだろうけど、本人は違うんじゃないのか?」
「違いとは、何でしょう?」
御堂は、さきほどまで浮かべていたキラキラした笑顔をすっと消し、質問したタケシ先生じゃなく、睨みつけるほどの真剣な目つきで俺を見やる。
「ワガママ言って、ここまでついて来た王領寺くんは、周防を信用していない、忠犬だと思っただけさ」
(一番信用できないのは御堂、てめぇのことだよ!)
「信用というより心配したから、ここに来たんでしょう。御堂先輩が俺の断りもなく、勝手にキスしたりその他諸々、セクハラ行為を進んでしていることを知っていますからね」
「……俺にされたこと、わざわざ報告したのか!?」
「しましたよ。恋人なんですから、隠し事はなしにしたいんで」
タケシ先生がにこやかに告げると、口から手が下ろされ、喋ることが解禁された。
『俺のタケシ先生に、いろいろやってくれたのな。ぁあっ!?』と凄んで文句を言いたいのは山々なれど、御堂相手にそんなことをしても、糠に釘だろう。何をしたら、一番堪えるんだろう?
ぶわっと考えること数秒で導き出したものは、無言でタケシ先生の腰を抱き寄せ、自分にぴったりくっつけると、カーブを描いた頬にちゅっとキスをしてやる。
「ちょっ、なにするんだっ」
らしくないくらいに狼狽え、顔を赤くしてジタバタする体を、両腕を使って拘束した。
「タケシ先生は俺のなんです。手を出さないでください!」
本当は唇にキスして見せつけたかったけど、そこまでする勇気がなかった。間違いなくタケシ先生に、あとから叱られるであろう。
「バカ犬、いい加減に放せよ」
「嫌だね、絶対に放さない」
もう少し怒りが半減してからじゃないと、自分の身が危ういから放せない。
そんな俺たちの様子を、ぽかんとした表情で御堂が見つめ続けた。
「なるほど。そういうことか」
ぽつりと呟き、やれやれといった感じで肩を竦めた。そんな御堂の様子を横目で見たら、隙を突いて腕を抜き去り、振りかぶって頭を叩いたタケシ先生。
「あだっ!」
あまりの痛さに、目から星が飛び出した。照れていると力が倍増されるから、こればっかりはしょうがない。
「人目のあるところで抱きつくなと、何度も言ってるだろう。バカ犬がっ」
「ふっ。子どもに翻弄されてる周防を見るのも、悪くはないものだな」
「「はぁあ!?」」
タケシ先生と同じタイミングで御堂にリアクションしたら、声を立ててゲラゲラ大笑いした。
「周防をそんなふうに、俺は扱えなかった。だから、手に入れることができなかったのかもな。ある意味、王領寺くんは最強かも」
俺のことを子どもと言ったくせに最強と言うなんて、けなしてるのか褒めてるんだか全然わかんねぇ。
ちゃっかりタケシ先生の手を握りしめ、次の口撃に備えるべく睨んでいたら、参ったなと呟く。
「安心してくれ。君のような恋人がいる周防には、もう何もしない。学会先がホテルだったから、心配して付いてきたんだろうけど、一応俺も小児科医なんだ。真面目に勉強しに来ているんだよ」
「御堂先輩は一応、優秀な小児科医だ。勉強する気があると言えるかも」
「酷いことを言うのな。そういうところが周防らしくて、俺は好きだけど」
「どんなに好きでも、タケシ先生は渡さねぇぞ!」
それぞれ言いたいことを言ったところで、タケシ先生が腕時計に視線を落とした。
「ホテルに向かうには、いい時間じゃないですか?」
「そうだな、行くか」
先に歩き出した、御堂の後ろについて行く形で歩き出した。繋いだ手を離さないままに――