◻︎悔いなく
次の日は斎場でお通夜になる。
源太の兄弟と佳子の姉妹と両親、それから源太の甥や姪が何人か参列するらしい。家族葬だと言っても、わざわざお通夜に来てくださる人もいるだろうから、その対応をしてほしいと佳子から頼まれた。
「挨拶状とか、お返しとか全然用意してないから、お焼香だけ受けて、香典は遠慮しておいてね」
「うん、わかってる」
家族葬ですからと受付も設置せず、お焼香していただいた人にはペットボトルのお茶と助六寿司のパックだけを渡すことになっていた。
お通夜の読経が始まるころには、斎場には身内だけになり、私は片付けて帰ろうとした。
「美和ちゃん、美和ちゃんが言ってたことを思い出して家族葬にしてよかった。お父さんの兄弟親族も、快く納得してくれたよ」
「そっか。じゃあ今夜と明日のお葬式まで、みんなでちゃんとお別れできるね」
「うん。明日も雑用、お願いね」
「うん、またね」
私が佳子に、『祖母のお葬式は納得がいかなかった』と話したのは、子どもがまだ小学生だった頃だ。
本来喪主になるべき父は、障がいがあってずっと施設にいたので実質的な喪主は、その孫で長女の私に役割が回ってきた。
まだ私も若く、何もわからなかったので叔母や叔父の言うとおりに決め事を決めて(と言ってもただ、了承するしかなかった)、挨拶や書類への署名を全部やった。
社交的で知り合いも多かった祖母のことを、叔父や叔母は自慢していた。なのでお葬式もそれなりのことをしないといけないからと、色んなことにこだわって決めていた。
大きな斎場にたくさんのお花、祭壇にも豪華なお花や提灯があった。
待合室ではコーヒーなどの飲み物、お菓子がふんだんに配られ、お通夜の香典返しもいただいた香典の額と変わらないほどのものを返した。
途中でさすがに、“お金はどうなる?”と不安になった私は、一番頼りにしていた叔父に訊いた。
「大丈夫!これだけの人が集まってるんだから、香典の方が多いに決まってるんだからね」
棺や骨壷、棺にかける布、祭壇のランク、お礼状の文面の確認、お通夜の料理、弔電の順番、受付の設置、担当決め、初七日の精進あげの料理…
よくわからない間に怒涛のように過ぎていった。
それでもたくさんの人に送ってもらって、祖母もうれしいだろうなと思っていた。
葬儀の次の日には、いろんなものの代金の支払いがある。
うやうやしく提示された請求書を見て驚いた。
集まった香典よりも100万ほど多かったのだ。
そこにいた叔父たちにその金額を見せたら
「やっぱり不景気だから香典が少なかったね。あとは喪主の美和ちゃんに頼むよ」
よく考える暇もなく言われるがままに決めてしまって、大好きだった祖母との最後のお別れもきちんとできていなかった。
それからしばらくして祖母が生前よく言っていたことを思い出した。
『私が死んだときは、派手な葬式はいらないから、ちゃんと焼いて骨にしてくれればそれでいい。あとはたまに、ばあちゃんはこんなこと言ってたなぁとか思い出してくれれば、それで幸せだ』
『死に行く人間が思うことはきっと、遺った人のこれからだ』
そんな話を、当時親しくしていた佳子に話した記憶がある。
そしてその話を夫にもしたと言っていた。
___その夫の葬儀だから家族葬にしたんだね
突然の別れを、みんながしっかりと受け止められますようにと祈った。
「ただいまー」
「おかえり、おつかれさん!」
お葬式を終えて、やっと一息だ。
簡単な雑用だけと言っても、やはり慣れないことは気をつかう。
「どうだった?お葬式は」
「うーん、家族葬でよかったかな?」
「そっか、源太さんも佳子さんも納得してるならよかったね」
「まえから話し合ってたみたいだったよ、そういうこと」
さっき佳子から聞いた話を思い出した。
8年前に源太が勤めていた工務店が倒産して一時期無職になってしまったこと、再就職した先は前職の給料より下がってしまったこと。
それでもやっとできた可愛い一人息子の進学を諦めさせたくなくて、深夜のバイトもやっていたこと。
「だからね、もしものことがあったら、できるだけお金をかけずにってお互い話し合ってたんだ…」
でも、この話は息子の康太には内緒にしていてほしいと言われた。
「父親としてのプライドかな?そんなものどうでもいいのにね。でも、家族でちゃんとお別れができたことは、よかったよ。ありがとね、美和ちゃん」
___うちも話し合っておいた方がいいのかな?
キッチンに立ち、カツ丼の用意をしてくれてる夫を見る。
やっぱり老けたと思う、私も同じなんだけど。
「ほら、俺特製カツ丼!あ、カツは惣菜だからね」
「ありがとう、いただきます」
お味噌汁まで用意されていて、うれしくなった。
もうそんなに遠くないうちに、この家には夫と二人だけになるんだなぁと思うと、いいしれぬ寂しさをおぼえた。
「ね、うちもさ、そろそろ話し合っておく?もしもの時どうするか…」
「決めとくの?」
「決めるわけじゃないけどさ、これだけは!ってことがあるかもしれないでしょ?」
んー、と考えながらご飯はすすむ夫。
「その時がどんな時かわからないけどさ。派手にはしなくていいけど、しんみりしすぎるのもなんか見てて心配になるから」
「見てて?」
「そ。俺は死んでも見てると思うんだよね、みんなのこと。だからさ、俺が心配しないように、みんなでワイワイやってほしいかな?そしたらさ、美和ちゃんはこれからも寂しくないんだなって思って安心するからさ」
「なんていい夫なの?!」
思わずぐーっと込み上げるものがあり、ご飯の手が止まる。
「じゃ、反対に美和ちゃんは?」
「え?私?そうだなぁ…私もあんまりしんみりして欲しくないかなぁ。できたら最期に“私の人生楽しかったよ”って言ってから死にたいけど、それができなかったとしても、人生楽しんでたって思ってほしいな」
「あ、それ、なんかわかる気がする。俺もそう思う。家族のために何かを我慢したりばかりの人生じゃなかったぞって言いたいね」
「だよね?これからまだあと何年かある人生を、楽しまないとね」
「そうそう!それでさ、今度の連休のツーリングプランでさ…」
夫婦で話し合っていたはずのエンディングプランが、いつのまにか連休のツーリングプランに変わっていた。
子どものように楽しそうにバイクの話をする夫を見ていたら、私まで楽しくなってきた。
___老後はまだまだ先みたいだね
これからの日々も大事にしたいと思った。
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