テラーノベル
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会議室は、エアコンの音だけがやけに大きかった。テーブルの上に台本が一冊。
まだ、名前は入っていない。
「演者としては魅力あるんです」
プロデューサーはそう前置きしてから、言葉を選ぶ。
「映像だと、少しシャープさが足りなくて」
涼ちゃんは黙ってうなずいた。
何度も聞いた説明。
毎回、違う言い方をしているだけで、意味は同じ。
――痩せたら、進める。
帰りの車内、窓に映る自分の顔がぼんやり歪む。
頬のライン。
首元。
無意識に指でなぞって、すぐやめた。
「今日、飯どうする?」
元貴の問いに、涼ちゃんは少し間を置く。
「あとで、考える」
その「あとで」が来ないことを、みんな分かっていた。
夜、スマホにメッセージが届く。
ドラマ関係者からじゃない。
ファンでもない。
マネージャーからの一文。
――無理しすぎないで。話、こっちでも調整する。
涼ちゃんはその画面を長く見つめた。
守られている気もするし、
守られるほど弱い存在になった気もする。
洗面所で体重計を引っ張り出す。
乗る。
降りる。
数字は、条件に少し近づいていた。
でも胸の奥は、まったく軽くならない。
「この数字になったら、何が変わるんだろ」
誰に聞くでもなく、つぶやく。
翌日、スタジオでふらっとよろけた瞬間、
若井の手が即座に伸びた。
「今日はもう切り上げよう」
反論しようとして、言葉が出ない。
悔しさより、安心が先に来てしまった自分が嫌だった。
控え室で、涼ちゃんはぽつりと言う。
「俺さ、 痩せた自分しか、演者として必要とされてない気がする」
元貴は少し考えてから、はっきり言った。
「それ、条件であって価値じゃない」
涼ちゃんは目を伏せる。
分かっている。
でも、条件が満たせないと、価値に辿り着けない世界なのも事実だった。
その夜、涼ちゃんは台本を開いた。
まだ白い、キャスト欄。
そこに自分の名前が入る未来を、無理やり想像するのをやめた。
代わりに、別のことを考える。
――演者として、ここに立ち続けるには。
――壊れずに、条件とどう向き合うか。
答えは出ない。
でも、逃げるのとも違う。
涼ちゃんは台本を閉じ、深く息を吸った。
明日、食べられるかどうかも分からない。
ドラマが進むかも分からない。
それでも、
「痩せないと価値がない」
その考えだけは、今日の自分に持たせないことにした。
条件は、まだそこにある。
でも、涼ちゃんは“演者”として、
自分を全部差し出す覚悟までは、しなかった。
コメント
1件
めちゃめちゃ好みです!!🫶