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「ところで勇信。そっちの方の話も聞かせてくれないか。俺は分裂してから不幸なことばかりが続いた。だからおまえが今どんな状況に置かれてるか、兄としては聞いておきたい」

 

「あまり言いたくないな」

 

暗殺者は自分の属性を兄に話すのをためらった。

今目の前で酒を飲む兄は、いわば勇太版「暗殺者」から生き延びた兄だ。

もし自分が暗殺属性を持っていると言えば、兄はすぐにでも走って逃げてしまうかもしれない。

 

久しぶりに会えた、好きだった兄さん。

今ある時間を壊したくはなかった。

 

属性や目的や計画。

そうした頭の痛い話題ではなく、以前のように向かい合って酒を酌み交わしている時間は、暗殺者に安らぎを与えてくれる。

現副会長である兄が他人のように変わってしまったからには、二度とこうした時間は持てないと思っていた。

 

ブルーシートに焼酎、つまみはスナック菓子。

何ひとつ洗練された物質のない環境だったが、暗殺者はもう少しこの場にいたいと思った。

 

「で、兄さんはなんで財閥が嫌いなんだ?」

 

「……本能。いや、おまえ風に言うなら属性による結果だ。単に財閥家を遠ざけたいと心が本気でそう思っている」

 

「なぜ嫌いなのか聞いてる」

 

「そりゃ、他の自分に殺される最中に生まれたからな……。他の勇太に近づくと危険だって気持ちが、属性となって現れたんじゃないだろうか」

 

「勇太と財閥は切っても切れない。だから勇太を遠ざけたいのなら、財閥を遠ざけなければならないってわけか。一定の理解しかできないが、状況はわかった」

 

「俺は財閥が嫌いだ。今こうやってひとりで暮らすのが、性に合ってる。肩の力を抜いて生きることが、これほど楽だなんて今まで知らなかった」

 

「怠け者の属性がいたろ? それと同じなんじゃないか?」

 

「まったく違うさ。たしかに仕事もせずにのうのうと暮らしている。だがそれなりに活動的に毎日を送ってるんだ。自分で料理もするし、毎日の運動も欠かさない。俺を見ればわかるだろ、健康体そのものだって」

 

「ああ、焼酎と菓子。健康だ」

 

「そうだ」

 

勇太はブルーシートの上に広げたスナック菓子をひとつ口に入れ、粉のついた指をジーンズで拭いた。

暗殺者も黙って菓子を食べ、ポケットからハンカチを出して指を拭いた。

 

「二度と東京の実家には帰りたくないのか?」

 

「帰りたくない。今が幸せだから」

 

「幸せ……」

 

「ああ、幸せだ」

 

「吾妻美優、吾妻さくら」

暗殺者はつぶやくように小声で言った。

 

「……」

 

妻と娘の名前を聞いた途端、勇太を囲む空気が濁った。

勇太は取りつくろうようにもうひとつスナック菓子を食べてから焼酎を飲み、ここを訪れた観光客を見た。

 

「勇信。ちょっと歩きながら桜を見ないか」

 

「そうだな。座りっぱなしだと腰が痛い」

 

勇太と勇信はブルーシートを離れて歩きだした。

暖かな日差しと美しい桜。東京とは違う非日常的な場所。一般人の中に忍び込んだ財閥御曹司のふたり。

 

いつもとはまるで違う状況だったが悪くなかった。

財閥の人生には戻りたくないという兄の言葉がそれなりに理解できるほど、京都の太陽が作る景色は輝いていた。

 

「クイズだ。俺の属性を当ててみてくれ」

唐突に暗殺者が言った。

 

「クイズ? なんだそれ? よくわからないが……たとえば観光属性とか?」

 

「観光属性?」

暗殺者はぷっと吹き出した。

「たしかに観光を楽しんでもいるな。属性ってのは何かひとつに特化したもんじゃなく、複合的なものだから。

でもそれって所詮はトッピングみたいなものだ。俺の中にはドンと居座るメインディッシュがいる。それを当ててみてくれ」

 

「ふむ、他の勇信を心配する属性とか? さっきから話を聞いてると、そんな感じがした」

 

勇太の見解に暗殺者は驚き、何秒か考えてから答えた。

「大きい範囲で言えば正解ではあるな」

 

「なら、おまえが思う道を突き進めばいいさ。良い結果になることを祈ってやるよ」

 

「気にならないのか? メインディッシュ」

 

「別に気にならないさ。属性ってものがあるから、俺たちは地獄を見た」

 

「あのな、兄さん」

 

暗殺者は最も美しい八重桜の下で足をとめた。

そしてそのまま木にもたれ、勇太の方を振り返った。

 

「兄さんは地獄を越えてこの場にいる。でももしまた増殖がはじまれば、お互いに殺し合うと思うか?」

 

勇太も立ち止まり、腕をあげて一枚の桜に触れた。

「いや、少なくともそんなことはしない。俺はずっと母体として生きてきたし、死ぬ直前に分裂して生まれたからな。だから一度も他の勇太を殺そうなんて思ったことはない」

 

「そうか。なら兄さん、ちょっと手伝ってくれないか」

 

「何を?」

 

「俺は兄さんの言うことを完璧には理解できない。俺がもつ属性のせいでな。兄さんのその優しくて穏やかな口調もなんだかバカみたいだ。しかも京都の暖かい日差しも、すべて嘘のように感じる」

 

暗殺者は心の奥から沸き起こる強い欲求を自覚した。そして突然、桜の木を蹴りはじめた。近くにいた観光客が驚いて暗殺者を見た。

 

「勇信、何してんだ?」

 

「……殺す。キャプテン」

暗殺者は誰にも届かない声でつぶやいた。

 

「ちょっと落ち着け。警察がきたらどうするんだ」

 

「うるせえ!」

暗殺者は自分をコントロールできず、兄をにらみつけた。

 

「その目、どこかで見たような……」

 

勇太は暗殺者の手をつかみ、桜の木から遠ざけた。

暗殺者はぼんやりと桜を見つめ、呼吸を整えてから兄を振り返った。

 

「兄さん、俺と一緒に東京にきてくれ。行って今の副会長を殺そう」

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