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「おはよう、すち」
朝、まぶたを開けた瞬間、ふわりと光のような声が落ちてきた。
みことは、布団の脇に座って笑っていた。高校時代の制服のままで、何ひとつ変わらない。ただひとつ――生きていないということを除いて。
「……夢じゃないんだね」
「うん、夢じゃないよ」
その答えに、すちはふっと安堵のため息をこぼす。
もう触れられなくてもいい。そばにいてくれる、それだけで――それだけで、十分だった。
それからというもの、みことは毎日すちと一緒に大学へ行くようになった。
授業中、講義の合間、キャンパスの芝生の上。彼はすちの隣にいて、静かに、楽しそうに過ごしていた。
「この教授、声だけで眠くなるね」
「……死んでまで授業受けてんの、珍しすぎるだろ」
「えへへ、すちと一緒ならどこでも楽しいよ」
最初のうちは、周囲の視線を気にして声を潜めていたすちだったが、次第にそんなことも気にならなくなっていった。
――そうして、ある日。
キャンパスの廊下で、すちはすれ違った。
ある男――少しクセのある紫色の髪に白銀の襟足、黒のパーカーを羽織ったラフな男が、すっとすちの背後に視線をやる。そして、一瞬だけ、みことと目線を合わせた。
「……え?」
みことが振り返って、その男の背中をじっと見送る。
「今の人……俺のこと、見えてた」
「は? そんなわけ……」
「ほんとだよ。ばっちり、目が合ったもん」
冗談のような、でも確信のある声に、すちは微かなざわめきを覚えた。
そしてその日の放課後、すちは人伝に一通の手紙を受け取る。
――「放課後、中庭。話がある。ひとりで来てくれ。変なことはしないから」
送り主は「いるま」と名乗る人物だった。
中庭で待っていたのは、四人の男たちだった。
ひとりは、さっきの黒パーカーを着ている、いかついけれどどこか兄貴分らしさのある男、いるま。
ひとりは、静かな空気を纏ったゲーマー風の男、ひまなつ。
ひとりは、人懐っこい笑顔と明るいテンションのこさめ。
そして、最後に、一歩引いた位置から全体を見ている、らん。
「よう。すち、だっけな。悪いな、急に呼び出して」
いるまが無造作に頭をかく。
「お前に、幽霊が憑いてるって噂を聞いて、ちょっと気になってさ」
「は?」
らんが静かに言葉を継ぐ。「俺たちはオカルトサークルに所属している。でも、ただの趣味じゃない。……小さい頃から、幽霊が“見える”体質なんだ、全員」
「昔は地獄だったよね~。本当に怖かったし」こさめが笑いながら言った。
「今は慣れたけど。君もたぶん、俺らと同じだと思うよ。最近、見えてるだろ?」
「それで……霊媒師、紹介しようかって話で」ひまなつがゲームのコントローラーを弄りながら呟いた。
「絶対に、嫌だ」
すちはすぐに立ち上がった。
「そんなの頼むわけない。――みことは……俺の大切な……大切な友達なんだ。幽霊とか、祓うとか、そんな言葉で、縁を切られるなんて絶対に嫌だ。お断りします。」
誰の言葉も待たずに、その場を去った。
後ろから、すっと風のように、みことの気配がついてくる。
「……すち、ごめんね。僕のせいで……」
「ちがう。みことのせいじゃない。――俺は、絶対に……もう、離れない」
夜、部屋に戻ったすちは、みことと並んでベッドに座っていた。
触れられない、けれど、そこにいる。
何度も失ったと涙し、何度も願った。
だから、今度こそ。
「俺は、絶対に……みことのこと、手放さないから」
みことは、そっと微笑んだ。何も言わず、けれどその顔は、世界のどんな言葉よりも、やさしくて――すちの胸に深く、沁み込んでいった。
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