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誰もいない階段の踊り場。
窓から入る夕方の光が、二人を切り取る。
「正直に言って」
若井は、スマホを取り出した。
『俺の声、聞こえてないよな』
画面を見た瞬間、
僕はもう隠せないと悟った。
小さく、頷く。
若井は、目を伏せた。
『……いつから』
僕は、少し考える。
「少し前から」
『理由は』
その問いに、僕は答えなかった。
答えられなかった。
沈黙が、長く続いた。
若井は、何度か口を開きかけて、閉じた。
やがて、言葉を変える。
『……俺、何かした?』
僕は、首を振る。
「違う。 若井は、何も悪くない」
それは、本心だった。
若井は、それを聞いて、眉を寄せる。
『じゃあ、なんで』
僕は、目を伏せた。
(言ったら、終わる)
そう思ったのに。
もう、終わりに向かっていることも、分かっていた。
そのとき、階段の下から足音がした。
涼ちゃんだった。
状況を見て、すぐ察する。
「……ごめん、割り込む」
若井は、涼ちゃんを睨んだ。
「知ってるんだろ」
涼ちゃんは、否定しなかった。
「知ってる」
「なんで俺だけ知らなかった」
涼ちゃんは、答えない。
代わりに、僕を見る。
僕は、唇を噛んだ。
「無音病」
その言葉を、涼ちゃんが口にした。
若井の動きが、止まる。
「……なに、それ」
涼ちゃんは、短く説明した。
好きになるほど、
相手の声が聞こえなくなる病気。
回復しないこと。
進行する可能性があること。
進行すると、若井以外の声も危うくなること。
既に、ほとんど聞こえていないこと。
全部。
若井は、僕を見る。
ゆっくり。
逃がさないように。
「……俺、か」
その口の動きは、震えていた。
僕は、何も言わずに、頷いた。
それが、告白だった。
若井は、しばらく動かなかった。
怒るでもなく、
泣くでもなく。
ただ、深く息を吸って、吐いた。
「……最悪」
僕の肩が、揺れる。
「俺さ」
若井は、少し苦しそうに笑う。
「好きになられて、罰みたいなの背負わせて」
うっすら聞こえるその言葉に、僕は顔を上げた。
首を振る。
必死に。
「違う。 僕が勝手に、ッ」
若井は、遮るように首を振った。
「……分かってる」
それでも、感情は止まらない。
涼ちゃんは、一歩後ろに下がった。
「僕、ここにいると邪魔だね」
若井は、振り返らない。
涼ちゃんは、僕にだけ、小さく頷いた。
――逃げるな。
そう言われた気がした。
涼ちゃんの足音が、遠ざかる。
二人きり。
僕は、決めていた。
ここで、終わらせる。
これ以上、若井を巻き込まない。
震える声で続ける。
「僕、 離れる」
若井は、それを聞いて、固まった。
僕は、続ける。
「好きだから。
これ以上、聞こえなくなるのが怖い
それに、 若井の声が、全部消えるのが
耐えられない」
若井の目が、揺れる。
そのとき、僕は声に出した。
「……好き」
返事は聞こえないと分かっていて。
「若井が、好き」
それは、初めてだった。
声は、無音のまま消えた。
でも、若井は確かに、その言葉を受け取った。
若井は、一歩近づいた。
近すぎる距離。
「……なあ」
口が、ゆっくり動く。
「それで終わりにするなら」
若井は、スマホを取り出す。
『俺は一生、後悔する』
僕の目が、見開かれる。
『続けるなら』
若井は、さらに打つ。
『後悔は、一緒にする』
僕の喉が、詰まる。
階段の踊り場に、音はない。
それでも、
確かに何かが、繋がった。