テラーノベル
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――その日は朝から、雨が降っていた。
空は暗く、普段は生命力に満ちた大地も、この日ばかりは活力を失っているようだった。ようやく雨が止むと、デュランとシオンは外に出た。
「ようやく止みましたね、デュランさん」
「ああ。でも、おかげで仕事が溜まっちまったな……」
「僕も手伝いましょうか?」
「本当か? それなら、是非お願いしたいなぁ」
デュランは森の外で、農業や酪農に携わっている。作ったものは街の倉庫に運んでいるが、一部は直接、店や個人宅に送っている。
「発注書がもらえていないところがあるから、受け取って来てもらえるか? 本来なら無視すればいいんだが、どうせ使うだろうしな」
「わかりました。デュランさんの仕事は丁寧だって、リディア様も褒めていましたよ」
「よ、よせよ。照れるじゃねぇか……」
本当に照れるデュランを眺めてから、シオンは指示のあった場所をまわっていった。必要なのに発注書を出していないところが多く、デュランの負担を無駄に増やしているように思える。
「……面倒な気持ちは分かるけど、相手のことも考えないと――」
ふと、シオンはリディアが言っていたことを思い出した。オルトゥスのような場所では、互いに支え合うことが必要だ。ただ、それは相手に依存したり、甘えることではない。相手が楽になるように、自分を律することが大切なのだ。
あちこちをまわり、発注書を揃えてデュランに渡す。その帰り道、森を通っているときにヘルミナと出会う。
「あ、ヘルミナさん。こんにちは」
「おや、シオン君。こんにちはー。こんなところで、どうしたの?」
「はい、デュランさんの仕事を手伝っていたんです」
「えー、いいなぁ。あたしも手伝って欲しいなぁ」
「わかりました。何をすればいいですか?」
シオンの言葉に、ヘルミナの表情は明るくなった。
「今日はずっと、雨だったでしょう? やることが無いからって、ドリアードのみんなが以前の森に行ってるの。故郷への帰省――っていうのかな?」
「はい。僕にはありませんが、故郷へは帰るものだと……リディア様も言っていました」
「あはは、帰らない人もいるけどね。それで、あたしは果物が変な病気になっていないか、確認しているところなの」
「見方を教えて頂ければ、僕も見ますよ」
「やったぁ! シオン君、ありがとう!」
ヘルミナは南の森と東の森を見るということで、シオンの担当は自然とそれ以外になった。シオンはまず北の森に向かい、そこから西の森へ向かうことにする。
「……ヘルミナさん、ひとりで全部、やるつもりだったのかな」
半分……とはいえ、見るべき量が多すぎる。ざっとで良いとは言われたが、森の中を移動するだけでもかなりの時間が掛かってしまう。道すがら、誰かに手伝ってもらうにしても――西の森は、そもそも巡回するエルフも少ない。そんなことを考えていると、巡回中のエルフの女性を見つけた。
「あ、すいません!」
「はーい? あら、リディアさんのところのシオン君じゃない。どうしたの?」
「今、果物の様子を見ているんですけど……手伝ってもらえますか?」
「巡回のついでに見ればいい? シオン君には、以前お世話になったしね♪」
シオンはリディアの命令が最優先で、自分の予定はその次だった。そしてそれ以外は、住人の仕事をよく手伝っている。そのため、住人からシオンへの信頼はかなりのものがあった。
北の森は彼女に任せて、シオンは西の森に向かう。当初の想像通り、人影は見えなくなっていくが――
「……あれ? 犬獣人の子供だ」
街の西側に住んでいる、ふたりの子供。雨が止んで、外に遊びに出たのだろう。この先は……人間の国に行けないように、リディアが結界を張っている。危ないことは無いはずだが、そんな場所へ子供を行かせるわけにもいかない――
「おーい、君たち!」
「あ、シオンお兄ちゃんだ! 逃げろーっ!!」
「わーい、ここまでおいで~♪」
「そっちは危ないから、止まって!?」
子供たちは、シオンから厳しいことを言われたことが無い。そのため、シオンの制止は遊びの一環として捉えられてしまった。子供たちが奥に走っていくのを見て、シオンは慌てて樹の枝から下りる。そして全力で走り、子供たちを両手で捕まえる。
「ほら、捕まえたぞ! ここは危険だから、一緒に戻ろうね」
「えー、もう?」
「あはは、捕まったらしょうがないねぇ」
子供たちはシオンの言葉に素直に応じ、元来た道を引き返そうとした。しかし突然、少し先の……リディアが張った結界が、大きく揺れた。
「――ッ!?」
空気が震えるような、波打つような……森の外から、叩きつけられるような。そんな衝撃がしばらく続き――薄暗い森の奥の景色が、少しだけ明るくなった。
「結界が……解けた?」
嫌な気配がする。かつて人間の国で感じたものより、数段上の気配。シオンはしばらくその方向を見ていたが、ふと我に返り、子供たちに告げる。
「リディア様を呼んできてくれるかい? 街に戻ってから……家族でも、他の大人でも良いから。シオンが呼んでいたって、急いで伝言をしてくれるかな」
「う、うん。まかせて!」
「シオンお兄ちゃん、待っててね!」
それだけ言うと、子供たちは走っていった。シオンは氷の剣を手に持ち、結界があった場所にゆっくりと向かう。最近は通っていなかったが、それでも何回も、ここを通って人間の国に行っていた。だから特に、何も恐れることは無いはず――
――ズザザザザッ!
地面を這うような音がした。シオンは後ろに大きく跳ねて、地面に目を凝らす。そこには素早く移動する、一抱えもあるような……ヒルの魔物がいた。
「これが、レンザン先生を襲った……!?」
……レンザンは、この魔物を相手にして右腕を失った。すぐに再生できたから良かったものの、シオンはそんな真似はできない。シオンは後ろに避けながら、その動きを冷静に追っていく。あまり知的な動きはしていない。本能によって動いているような、雑な動き。それなら――
――ザンッ!
宙に浮いた瞬間を狙い、魔物の身体に一撃を入れる。透明な体液が飛び、地面に染みを残していく。そういえば、リディアがこの魔物に興味を示していたはず――それを思い出したシオンは、氷の剣に力を込めた。
「レンザン先生の直伝――……氷華凍結ッ!!」
青い光が剣から生み出され、細かい氷を伴いながら魔物に当たる。魔物の身体は凍てつき始め、次第に動きを鈍らせてから……完全に凍結した。
「ふぅ……。これで、リディア様も喜んでくれるかな?」
戦いの中で、最も危険なのは――終わったと油断したとき。それはレンザンから何度も言われており、そのため、シオンは油断をしていなかった。再び森の向こうに意識を移すと、ふたつの人影が見えた。ひとりは剣を持っており、ひとりは杖を持っている。
「……人間か? オルトゥスに攻めてくるなんて、身の程知らずが……」
シオンは剣を構え、剣を持つ人間に斬り掛かる。しかし相手の動きは速く、初撃を難なく止められた。……ここまであっさり止められたのは、人間相手では初めてのことだった。
剣を持つ人間と対峙していると、不意に、足元に嫌な気配を感じた。思わず跳ねて避けると、そこには黒々とした――闇色の巨大な手が、虚空を掴んでいる。一瞬でも反応が遅れていれば、あの手は虚空ではなく、シオンを握りつぶしていただろう。
「最初に狙うべきは……杖の人間ッ!!」
シオンは勢いよく駆け出した。剣を持つ人間を何とか避けて、杖を持つ人間の喉を掻っ切る。今までもやってきたことだ。まずはひとり――シオンは確認のため、仰向けに倒れた人間の顔を見る。
「――……ッ!? 何だ、こいつは……!?」
姿形は人間だ。しかし、その額には――黒目に紫色の瞳の、縦に走った第三の目がある。もうひとりの人間を見てみれば、そちらにも同じような目が見える。
「お前らは……人間じゃないのか!?」
シオンは果敢に攻めていくが、すぐに剣を弾き飛ばされてしまう。レンザンほど強くはないが、デュランよりはよっぽど強い。人間かどうかは分からないが、こんな存在がオルトゥスに攻めてくるとは――
……しかし、シオンはすぐに立ち上がった。諦めたら終わりであり、自分は何としてでも生き残らなければいけない。リディア以外に、この命を絶たせるわけにはいかない。シオンは拳を握り、剣を持つ相手に向かっていく――
「――控えなさい。ここはお前の在る場所ではない」
突然のリディアの声。それと共に、黒い稲妻が迸った。
その一撃に、敵はあっさりと焼け焦げ、地面に崩れ落ちる。シオンが振り返ると、樹々の影からリディアが現れた。リディアは静かに微笑みながら、シオンに声を掛ける。
「……大丈夫だった?」
「はい……。助けて頂き、ありがとうございます。……それで、あの――」
シオンは再び、地面の亡骸に目を移した。今まで見てきた人間とは明らかに異なる……いや、ほとんど同じなのに、第三の目という明確な違いがある――そんな存在に、理解が及ばなかったのだ。
「……ごめんね。あなたには、ずっと認識阻害の魔法を掛けていたの。これが、あなたがずっと殺し続けてきた――『人間』と呼んでいたものよ」
……シオンは混乱した。これが人間だというなら、これとは違うリディアは……自分は……一体、何なのだろう? シオンの目を見て、リディアはすぐに察した。
「……そいつらは、かつては人間だったモノ。人間という種族に寄生した……ネブラという種族。だから安心しなさい、私たちこそが人間よ」
「リディア様と、僕は……人間? そうすると……僕たち以外の、人間……というのは――」
「もう、絶滅しているわ」
リディアの言葉に、シオンは……続ける言葉を持たなかった。
コメント
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うわあ…この回、すごく重いですね。シオンがずっと認識阻害をかけられてたって真相、心臓がぎゅっとなりました。今まで倒してきた“人間”の正体がネブラで、本当の人間はもう絶滅してるって…リディア様の言葉がずしんと響きます。でも最後まで諦めずに立ち向かうシオン、かっこよかったです。続きが気になりますね…!
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comi
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