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清心はコンロの火を止めると、匡の方へ向かって軽く頬にキスした。食卓の上には二人分の食器が無造作に置かれている。それを尻目に、匡は清心に向き直った。
「病院行ってたんだろ? 大丈夫だった?」
「うん。心身ともに何も問題ないってさ。だよなぁ、むしろお騒がせしてすいません、って思った」
匡は上着を脱いで、近くの椅子に引っ掛ける。
口元は笑っているものの、目元は全く笑っていなかった。
「まさか、今までは半分別世界に言ってたんですなんて言えないし。言ったらきっとやばい奴だって思われて、通院が長引いたね。むしろ入院を進められたかも」
「はは。何はともあれ安心したよ。すっかり普通の会社員になっちゃって……もう心配なさそうだ」
清心は作っていたカレーのを小皿にとると、「味見」と言って匡に手渡した。
「うん。美味しい!」
「良かった。じゃあ飯にするか」
二人分の食器を用意し、席につく。この流れももう慣れてしまった。
軽い冗談最近気付いた癖も、変わらない距離感すらも。同じ家に暮らしていると、特別感は薄れていく。
幸せなことなのに、段々と慣れて当たり前になっていく。それはちょっと怖いことだ。
匡はずっと清心の家で世話になっていた。
自分が自立できるまで面倒を見るという一年前の約束を、清心は律儀に守ってくれている。それが嬉しくて有難い。
迷惑しかかけてない。だからこれからは、彼のために頑張って生きていきたい。
不思議なことに、あれから精神世界に行くことはできなかった。
清心からはやめろと反対されたもののどうしても気になって、匡は何度か十時十分に十字路へ向かったことがある。しかし結局何も起きず、中央で突っ立って終わるだけだった。
同時に、清心も自分の片割れを見かけることは無くなった。そこは本当に安心したけど、あの不思議な体験だけはまだ胸の中で引っ掛かっている。
十字路は不思議な場所。
十年前、何かの本でそう書かれていた。
自分を見失った者がそこへ踏み込むと、帰り道を見失ってしまう。十字路に住み着いた魔物が、迷い人を自分の世界に引きずり込むのだと。
────俺は十年前に迷子になってたみたいだ。
それでも大事な人に見つけてもらえたから、今は何も悲しくない。