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……?
…….
…
….あっ
そこに居たのは”彼女”だった。
塾での授業を終えた深夜10時。僕は母の迎えの車を待っていた。母はだらしない…と言えばいいのだろうか。何故か、よく一時間ほど遅れてやってくる。(念の為もう一度メッセージを送ろう。)
既読なし。いつも通りだ。
先に歩いて家に帰れば、何故か怒鳴りちらされ、椅子を投げて威嚇された事がある。あれは僕にとってそれなりに衝撃を与えた思い出であった…何か相手にとって都合の悪い事情でもあるのだろうか。何となく考えたくないので、想像はしないでおく。
子供を深夜に一人で歩かせるのは危ないでしょう?と言うのが母の弁解だ。意味不明の一言に尽きる。一時間以上も外で待たされるのには一体どんな意図があるのやら。
あまりに暗く静かな静寂の中。自身の情けない姿につい、耳を向けてしまう。スマホを見れば気は紛れるが、Wi-Fiが繋がっていないので特に触りたいという気は起きない。一人で突っ立っているのを同級生に見られたくないので、僕はいつも通り、寄り道をしに行く。
好きなルートは、”上へ長く続く階段と7階分まであるコンクリートの建物”へ向かう道だ。僕は学校帰りにいつも片目でそれを見て通り過ぎていた。フェンスさえ超えればその場所へ一応いける。僕は何故かそこに向かいたくなる。特に何をしたいとかはないが…見ていると少し安心するんだよ。
だが今までにない景色が一つだけあった。一人の女の子が勢いをつけてフェンスを登っていたことだ。
目の端で捉えたその瞬間から僕は何故か”察した”しかし、それはどこか”一目惚れ”のような奇妙な感覚を伴っていた……
“フェンスを越えさせてはいけない”
その言葉が反射的に身体を駆け巡り、荷物を投げ捨て全力で走る。一瞬にして僕は彼女の元へと辿り着き、腕を強く掴むことができた。触れた …
とたんに彼女は身体を強く強張らせたのが分かった。たちまち僕の目を凝視し、まるで怯えていた…..。
僕は時間が止まったかのようなその一瞬を見逃すことなく、こことぞばかりに腕から彼女の柔らかい身体へとがっちりと掴みにかかり、フェンスから引き剥がすことになんとか成功した。2人して地面に倒れ込みコンクリートに身体を打つ痛みを共有する。
「うっ…」
僕は鈍い痛みと手の平に食い込む小石を他所に、本来の欲求を抑えられず、すかさず相手の正体を確認した。”ああ!やっぱり!”なんとか見えた横顔を見て確信した。それは”彼女”だった。教室での光景を思い出す。今まで認めたくなかった感情….僕が人に抱いた新しい感情。それは、恋であったのだ。たった今、一目惚れとして上書きされ、ヒートアップしていた。
僕は改めて今ある贅沢な現状にゆっくりと思考を巡らす。こんなにも近くに”彼女”が居るのだと…僕とは違う匂いがしているなと…。腰に手をまわしていた…華奢な身体つき。あっ違う。これは…これはっ…正当防衛だ。下心などあるはずがない。
そんな悠長なことを考えていた。何故なら彼女はしばらく動けないでいたようであったから。衝撃的だったのか。予想外だったのか。
しばらくして、彼女は何処かぎこちなくゆっくりと体勢を整え始めた。相変わらず顔は僕に見せまいと伏せられている。暗闇と静寂の中、彼女の指先の動きから、呼吸のリズム、鼓動までもが主役のように感じられ….僕は思わず息を呑んだ。
「….っ…..ひっ…..っん….っ」
…..泣いていた。
感謝の言葉を言われるとばかり思っていたので少し驚いた。…そうか….辛かったのだろう。僕は強く同情した。どんな理由かなんて関係ない。辛いものは辛いんだ。と。
涙を見せまいと”顔を強く伏せ”、暗い地面の上で一人ぼっちで声を押し殺し、情けなく泣く彼女….
正直、僕はどう接すればいいか分からなかった。
….変に触れてはいけないだろうし
….手ぐらいならいいのかな
….それとも相手から発せられる言葉を待つか…
傷つけまいと思う程に僕は彼女を慰められないのではと感じた。少しの間が過ぎると、彼女は厳かに口元を動かした。僕はすかさず、待ってましたと、全神経を集中させ、どんな言葉も受け入れたいと思い、顔を上げた彼女と強く視線を交えた。
しかし、驚くことに彼女の目から涙は消え…口元には薄ら笑みが浮かんでいて
「☓☓☓☓れ☓☓?」
…….
「…..へ?」
それはあまりにも予想外の言葉で….
衝撃のあまり恐怖した。彼にとってそれは一番聞いてはいけない言葉であったのだ。
彼女はするりと離れ離れの両手を一つに結び、包み込む。不自然なほどに偽りのない優しさに溢れた柔らかい笑みを僕に向けた。
僕は…僕はかつてないほどに
“鼓動を高く打ち鳴らされていた”