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元魔王と元勇者の、仲睦まじい?兄妹生活録

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元魔王と元勇者の、仲睦まじい?兄妹生活録

2 - 第2話 ~元勇者の俺に、元魔王の実の妹ができる~

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2024年03月12日

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季節は秋。秋といっても先日まで八月だったので、世間的には晩夏というのが正しいのかもしれない。宵や明け方は涼しいが、日がのぼり昼にでもなれば気温は優に三十度を越え、道行く人たちをまるで予熱の完了したオーブンのようにじりじりと蒸し焼きにする。

そんなうんざりとした光景を、俺は今クーラーのきいた車の助手席から窓に肘をついた状態で見ている。

目の前を異世界とは随分と違う近代的な街並みが通りすぎてゆく。それは全面ガラス張りの大きなビルだったり、看板がびっしりとついた雑然とした雑居ビルだったり。

「リハビリ、大変だったかい?」

交差点の信号でとまったところで、運転席に座る静子さんが声をかける。

「うん。なんとか」

勇者時代の操練と比べたらお遊びみたいなものだったし。

「病院の人も感心していたよ。根性がすごかったって」

「なるべく早く退院したかったから。それに、これ以上静子さんに迷惑をかけるわけにもいかないし」

「迷惑?」

信号が青に変わったので静子さんは左右を確認してから、ゆっくりとアクセルを踏む。

「迷惑ってなんだい?」

「入院が長引けばその分医療費がかかるから。それに旅館の仕事を早く覚えて、少しでも役に立ちたいから」

「ああそのこと。でも本当にいいのかい? 別に旅館の手伝いなんかしなくてもいいんだよ。瑛太はまだ子供だし、学校だって」

「妹のことも」

さえぎるようにして俺はいう。遠慮すべきは俺であって決して静子さんではないと、そう思ったから。というか気を遣わせてほしい。恩を返させてほしい。それが今俺の中にある、たった一つの思いだ。

「萌はまだ小三だし色々と手がかかるよね。俺あいつの世話もするんで。ほかにも色々と」

俺の口から『萌』と聞き、静子さんが若干だが表情を曇らせる。

「ええと……なにか問題でも?」

「いや、なんていうか、嫌ってるみたいなんだよね。瑛太のこと。よく分かんないんだけど」

「嫌ってる? ……ああ、だからあのあと一度も見舞いにこなかったのか」

そりゃーそうだよな。ずっと寝たきりだった兄が目を覚ましたから、これからは仲よくしてくれって突然いわれても、動揺するよな。

俺を乗せた車はしばらくは海岸沿いの、大きな幹線道路を走った。ほどなくして道をはさんだ海の反対側に人家がぽつりぽつりと姿を現し始め、店なども建ち並ぶ、町ともいえる場所に差しかかった。静子さんは大きな交差点で右折をするためウインカーを点滅させると、山側へ、なだらかな坂の方へと車を進めた。

コンビニがある。郵便局や銀行もある。もちろんその合間あいまに人家なども建ち並び、奥まったところには決して高くはないが、コンクリートでできたマンションなんかも建っている。

里山の麓、雑木林を伐採して作っただろう土地にある比較的大きな施設は、おそらくは学校だろう。校庭に遊具の類がないところを見ると、小学校ではなく、中学校か、もしくは高校なのだろうが……はたして俺に縁のあるところなのだろうか。先ほど静子さんは、一瞬『学校』の話題を口にしかけたが、今さら、三十二歳にもなって、わざわざいくところではないような気もする。

山の中腹辺りから道のいたるところに『柳川温泉』という看板が目立ち始め、旅館やホテルなどといった宿泊施設も目につくようになったので、一気に温泉街という雰囲気が広がった。静子さんが女将をする旅館『すずらん』は、そんな宿泊施設のひしめく激戦区からは少々離れた、森林の奥まったところに建てられていた。

風光明媚……という言葉が一番しっくりくるだろうか。正面玄関はまるでお寺のような、ともすれば立派な武家屋敷のような、宮造り建築だ。出入り口は自動扉ではなくて素朴な木枠にガラスのはめられた引き戸になっている。玄関を正面に左右に広がる外壁も、古き良き時代を思わせる木造で、外に面したガラス窓の向こうには、大正や明治を想起させる、レースをあしらった、瀟洒でハイカラな渋い色のカーテンが顔をのぞかせている。

車からおりて肺の中に新鮮な空気を送りこむと、俺はぐっとのびをしてから静子さんのあとに従い、建物の裏手へ、現在は社員寮になっているという旧館へと歩を進める。

「ここだね」

『204』と書かれた戸の前で静子さんが足をとめる。

「ここが今日から、瑛太、あんたの部屋だよ」

中に入ると、俺は初めてくる人なら誰しもがそうするように、周囲へと視線を巡らせ部屋がどんなものかを確かめる。

畳六畳の長方形の部屋。部屋の中央にちんまりとした座卓がおかれており、その正面に台にのせられた薄型のテレビがおかれている。ベッドはなく開けられた襖の向こう、押し入れの中に、丁寧にたたまれた布団があることからも、寝床はあれらを畳の上に敷いて自分でこしらえるのだろう。あとは特に目立ったものはおかれていない。あるのは壁に設置されたクーラーと柱にかけられた日めくりカレンダーぐらいで、いたって簡素で非常にこざっぱりとしている。

「家具とか色んなものは、後々揃えていけばいいかなって。だってほら、最近の若い人の趣味とか、私よく分かんないし」

「うん。まあそんな感じで」

というか雨露がしのげる場所があるだけで超ありがたいし。しかも三食付きで、多分温泉? も入れて、さらにいえば部屋にクーラーまでついているというもてなしぶりだ。これはもう異世界でいうところの貴族並の待遇といっても過言ではない。やっぱり地球の文明は半端ないな。食料供給も今のところは安定してるっぽいし。

部屋にわずかばかりの荷物をおくと、俺は静子さんの案内で旅館の施設等を見てまわった。そのついでといってはなんだが、これからお世話になるだろう旅館の従業員の人たちとも挨拶を交わした。

一通り館内を見てまわり出入り口のフロントにきたところで、静子さんは着物を着た仲居に呼ばれたので、俺を残していってしまった。

やはりそうとうに忙しいみたいだ。そりゃーそうだろう。旅館業なんてのは年中無休で、年がら年中なにかしら仕事があるものなのだから。それはこの俺が眠っていた数年間、実の兄にもかかわらず、一度も妹を病室につれてこられなかったという事実が暗に物語っているじゃあないか。

……でもこれからは俺が仕事を手伝って静子さんを助けるんだ。

決意を胸に俺は前でぎゅっと手を握る。するとそのこぶしの背景に、ぼんやりと幼い人影が浮かぶ。俺は視点をずらしこぶしの背後に焦点を合わせると、そこでようやく俺の前に立つその女の子の正体を確認する。

萌だ。血の繋がった実の妹、萌の姿がそこにあった。

おそらくはつい今しがた学校から帰ってきたのだろう。萌はピンクのランドセルに派手で遠目にも目立つ黄色の帽子をかぶっている。服装は学校指定の制服で、襟の付いた白のシャツにサスペンダーで固定した紺色のスカートを履いている。

「お兄ちゃん……?」

「ああ。お兄ちゃんだ。あらためて、よろし……」

いい終わらないうちに、萌はくるりと踵を返し、フロントのカウンターのうしろにその身を隠す。そしてちらりと顔を出し、俺にうるんだ瞳を向けてから、おずおずとした口調で聞く。

「今日から、ここに住むんだよね?」

「うん。そうだね。ここでお世話になるよ」

「どこに住むの?」

「旧館の社員寮。『204』号室だよ」

どうしていきなり部屋の場所を聞くんだろう? とは思ったが、見るからにおびえた萌の姿を見てどうでもよくなる。今はとにかく打ち解けないと。兄は優しくて、妹と仲よくなりたいと思っていると、そう分かってもらわないと。

「萌は、お兄ちゃんのこと嫌いか?」

「んー……」

小さくうなってから逆に聞いてくる。

「お兄ちゃんは、萌のこと……嫌い?」

「嫌いじゃないさ。好きだよ」

「じゃあじゃあ、ころ……いじめない?」

ころ? ころってなんだ? まあいいか。

「いじめるわけがないだろ。むしろ守るし」

「ほんとぉ? ほんとぉーに、ほんとぉ?」

「本当だ。約束する」

俺の言葉を聞きようやく警戒がとけたのか、萌はぱっと明るい顔をしてから、やっぱりカウンターのうしろへと駆けてゆく。

千里の道も一歩から……焦らずに徐々に歩み寄っていこう。

その日は、退院、車での移動、久しぶりにきた旅館の見学、従業員の方々との挨拶、それから萌の相手と、随分と疲れてしまったので、夕食をとるとすぐに俺は風呂にも入らずに眠りに落ちてしまった。

眠りは深く、とても深く、夢とかを見ない、まるで気絶に近いものだった。だからだろうか。なんらかの予感により突如として覚醒した際には、一体自分がどこにいて、なにをしていたのか、瞬時に思い出せなかった。

俺は──暗闇の中で大きく目を見開く。周囲の状況を確かめるために、そこにいるものを見定めるために。

「えっ」

敵は、なんとすぐ目の前にいた。その者は両脚を開いた状態で俺の体の上に立ち、まるで天井をつかんとするかのごとく、細くて硬いなにかエモノのようなものをふりあげていた。

──黒──シルエット──赤い目──武器──攻撃──くらう──やばい──逃げる!

俺はまばたきとか呼吸とか鼓動とか、自律神経系の動きよりも最優先で体を布団の上に転がすようにして、敵から逃れる。

ほぼ同時だっただろう。どすっという鈍い音と共にエモノが、布団にふり下ろされたのは。

俺は回転した勢いをそのまま足にのせて颯爽と立ちあがると、飛ぶように戸へと近寄り、電気のスイッチへと手をやる。

かちっという音のあとに点灯管が何度か点滅し、頭上の和風のシェードに覆われた蛍光灯が部屋全体を、その冷たい人工的な光で照らし出す。

萌がいた。木刀を持ち奥歯を噛みしめ睨めつける、俺の妹の、萌が。

「萌? お前、なにしてんの? どうしてここに?」

「……黙れ」

というか……なんだ? なんなんだ?

「黙れ黙れ黙れ!」

どうしてこんなぴりぴりくるような殺気を、発しまくってるんだ?

ひるむ俺に対して萌がふらりと、一歩、また一歩と近づいてくる。そして今一度木刀を構えると、くわっと怒気をその幼い顔にあらわにして叫ぶ。

「攻撃こそが最大の防御であろう! くらうがいい! 我が血族、ソア・イスカリーに伝わりし秘奥義! 『士気高揚(エンハンスド・ライフフォース)』を! 滅びよ勇者グラン! でやああああああああっ!」

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