『はい。僕はハートの女王様の手下です』
「手下のくせに帽子屋さんのお茶会にいたんですね」
『えぇっと……僕がここにいるのは女王様に命令されたからでして、その命令内容は秘密ってことになってまして……』
「そうなんですかぁ~」
『あのぅ、あんまり興味なさそうにしてますけど……もっと驚いてくれても……』
「だってわたしはもう知ってましたし……でもどうして帽子屋のお茶会で働いてたんですか? それも秘密なんでしょうか?」
『いえっ! そういうわけじゃないんですよ! えーっと……実はですね、帽子屋さんたちがアリスを探しているっていう噂を聞きまして、それでボクもちょっと探してるんです』
「そうなの?」
『はい。だからこうして聞いて回ってるって感じですかね!』
ふむふむ、なるほどね~♪……ん? あれれ? でもそれじゃぁなんでここにいるの? 帽子屋の人たちが探してたんじゃなかったっけ?
『ああ、それはもういいんです。あの人らホントに勝手だし、それにどうせアリスなんて見つからないし……』
「えっ!?」
思わず耳としっぽを出してしまいそうになる女の子。慌ててしまって、つい余計なことを口にしてしまう。
「あっ! いえ、私は違うんですよ!」
「どうしました?」
ペーターの声で我に返ったミケは、少し慌てる様子を見せるも、すぐにいつも通りの無表情に戻る。
そんな彼女に、ペーターは微笑みかけたまま話を続ける。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですけど」
「えぇ、平気よ。ありがとう」
「無理しなくて良いんですよ?疲れた時は言ってくださいね。僕が癒してあげますから!」
「えぇ!?わたし元気よ!!」
ぶんぶんと両手を振る彼女だが、ペーターはさらに心配そうな顔をしてこう言う。
「じゃあお茶にしましょう!!僕、お茶を入れますね!!」
パタパタと走って行くペーターを見送って、ミケはポツリと言った。
「もう、大丈夫なのに……」
―――ミケがこの場所に来た時、すでに周りにいた人たちは全員歪んでいた。
それでも彼女は自分の役割を思い出し、頑張ろうと決めた。
だから今更弱音を吐くなんて許されないし、するつもりもなかった。
だけどやっぱり少し寂しいと思うのは仕方ないことだと思う。
「みんなどうして歪むのかしら?なんのために歪むのかしら?」
「それはもちろん、幸せになるためです」
突然の声に振り返るとそこには帽子屋がいた。
いつの間に現れたのだろうか。まったく気配を感じなかった。
思わずビクリとしたミケだったが、なんとか笑顔を浮かべた。
「こんにちは」
ペコリと挨拶をする彼女に帽子屋もまた微笑み返す。
「はい、ごきげんよう」
優雅な仕草で帽子屋の口元を覆うマスクを外す彼。
露になる素顔を見て、アリスはその美しさに見惚れてしまった。
(綺麗……)
男であるはずなのに、女性と見間違うほどの美貌を持つ彼。
そんな彼に見惚れていたのか、頬を少しばかり紅潮させながらも、少女は彼の話を聞き入っていた。
「――アリス」
不意に名前を呼ばれて、少女はビクリと肩を震わせる。
恐る恐る振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
黒い髪に漆黒の瞳をした、黒兎を連想させる男性。
その出で立ちを見ただけで、少女はこの国の王だと理解した。
彼がゆっくりと歩み寄ってくる度に、心臓が高鳴っていく。
やがて目の前に立った彼は、少女に向かって手を差し伸べた。
どうしたら良いのか分からず困惑していると、優しい笑みを浮かべながら口を開く。
「ようこそ、ワンダーランドへ。歓迎しますよ、アリス」
差し出された手に自分のそれを重ねれば、優しく握り返された。
そのまま引き寄せられて、抱き締められる形になる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!