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凍ったばななとビスコ
「おう、新、うまいこといった?」
「ギリギリでした。洸くんにお買い物に誘われたんですけど、断るのが心苦しくて」
「まぁ、それより嬉しい事も待ってるしな?」
インターホンを押すと、すぐに元宮さんがドアを開けて迎え入れてくれた。元宮さんのニコニコ顔を見たら、空が元宮さんにあの「花束の告白」のことを伝えているのは一目でわかった。でも、この人にはあらかじめ言っておいた方がいいのかも知れん。なんやったら、洸くん本人よりビックリして動揺しそうな気がするから。
「はい、これで10個目終わりです!」
キッチンに入るなり早々に作り始めて、丁寧に作ったハンバーグを全て焼き終わる。大人の男5人の食欲を考えると、これくらいがちょうどええやろ。
ふと壁の時計に目をやると、時間はお昼の2時を回ったところだった。
……思ったより、時間がかかったな
お皿に綺麗に並んだハンバーグを見つめる。洸くんをびっくりさせたくて、ソースの隠し味や焼き加減にまでいつも以上にこだわってしまったから、思った以上に時間を費やしてしまったみたいや。
「美味しそう!……でも懐かしいな、チーズインハンバーグ」
「洸くんの大好物でしたからね。一時期、ハンバーグ工場の勢いで作ってましたよね」
「うわ、思い出した。冷凍庫ぜんっぶそれやったよな。……それって、あの時からやんな」
「……そう、僕と洸くんが『婚約発表』した後からです」
「婚約発表! 懐かしいな!」
ははは、と元宮さんが仰け反りながら大きな声で笑う。ほんま、今考えると、元宮さんと空に安心してもらう為やったとはいえ、誰かの前であそこまでふざけたのは初めてやったかもしれん。
「そう……20年前からずっと、僕は、彼の婚約者でしたから」
「……ほんまにな。なんか、嬉しいけど、手を離れてしまう寂しさはあるな?」
「ふふっ、気が早いですよ。結婚なんてまだまだ先の話ですし」
元宮さんと目を合わせて微笑むと、「そやな」と少し涙目で彼は返してくれた。今まで辛い事が沢山あったはずなのに、この人の泣いた姿を見たことがなかった。それが、この話だけでこんなに涙ぐんでるだなんて。いざ結婚になったら、きっと号泣して周りを和ませてくれるんやろな。そんな未来ですら愛おしくて、楽しみで仕方がなかった。
♢
「それにしても、洸、遅いな?」
「ですね? さっきから空に電話とメッセージを送ってもらってるんですけど、返事がないみたいで」
テーブルの上には沢山の料理が並べられていて、サプライズパーティーの用意は全て済んでいるのに、主役の洸くんが一向に姿を現さない。
「空と弦は?」
「空は花束とプレゼントを持って、こっちにもう着くみたいです。弦くんは、洸くんが来ないので家の近所を探してくれてるみたいで……」
「……何かあったんかな?」
「……1人で買い物行くって言ってたので、そんな危険な事に巻き込まれるような事はないと思うんですけど」
そう口にした途端、身体が勝手に動いていた。
もしかして、荷物を置きに一度自分の家に帰ったんやろか。俺がいるか確認しに、俺のマンションに寄っているのかも知れない。……あるいは、事故にでも遭って連絡がとれへんのやったら、どうしよう。
「ちょっと、様子見て来ます」
急な不安が押し寄せて来て、鞄を掴むと、元宮さんにそう言い残して玄関を飛び出した。
「あ、空、ありがとう! ちょっと洸くん探してくる!」
実家の前で、ちょうど大きな花束を抱えて歩いてきた空とすれ違う。少し手を上げてそれだけ伝えると、俺は少し暗くなりかけている道を走り出した。
頼むで、洸くん。ただ着信に気づかんかっただけっていう、後でみんなで笑えるオチにしてよ。絶対、笑えへんオチにだけはせんといてよ。
走りながら、洸くんが通りそうな道を必死で探す。この実家の近くは、俺たちの思い出がある場所ばかりや。
「……嘘やろ……」
息を切らせて辿り着いたのは、昔みんなでよく遊んだ公園だった。
街灯の下、天にまで届きそうな勢いでブランコを漕いでいる大人の姿が目に入る。あの大きな笑い声は、きっと、俺がよく知っている……弦くんだ。そしてその隣のブランコには、嬉しそうに勢いよく靴を飛ばした洸くんの姿があった。
なんや……昔を思い出して、2人で遊んでたんか。
「……もう、えっか」
呼吸を整える為に、深く息を吐き出す。洸くんが元気でいてくれたら、もうそれでいい。サプライズもなにもかも、失敗でええよ。子供達2人を、笑顔のまま家に連れて帰る。俺のミッションは、昔からいつもそれだけやったやんか。
「おーい、2人とも! ご飯できてるで!」
大きな声で叫ぶと、弦くんが心底ビックリした顔をしてこちらを振り返った。口元に人差し指を当てて、必死で「内緒にしてたのに!」とアピールしてくる。
「もう、ええねん。2人が元気でおってくれたら」
俺はふふっと笑って、子供の時と同じように、2人に近づき「帰ろか」と両手を大きく差し出した。あの時は、いつだって素直に、嬉しそうに俺の手を握りに走ってきてくれたのに。
「……俺、あらたせんせがおるなら行かへん」
「え……?」
「洸!! 何言うてんの!?」
俺も、隣の弦くんも、予想もしなかった冷たい拒絶に声も出なくなった。
「とりあえず、俺は帰るから。俺の分、弦が食べてええよ」
「ちょっと待って! 洸!!」
踵を返して歩き出す洸くんの後を、弦くんが慌てて追いかける。俺も反射的に追いかけようと一歩踏み出した、その時。
「あらたせんせは、俺に近づかんといて!!」
夜の公園に、張り裂けんばかりの怒鳴り声が響いた。
初めてみせる拒絶の目。
え、本気で言ってる……? 洸くんにそんな目を向けられたのは生まれて初めてで、動揺を隠せない。
◇
重い足取りで実家に戻り、目で見たままの状況を元宮さんと空に伝える。2人も当然心当たりなどあるはずがなく、俺たちだけでは解決しようにも手がかりがない。
「とりあえず、今は弦に任せるしかないな」
「大丈夫、新。こういう時の弦くんって、すごい頼りになるんやから」
優しく空にポンと肩を叩かれ、俺は無言で頷くしかなかった。
リビングのテーブルの上には、空が持ってきてくれたアネモネとホワイトローズの爽やかな匂いが、寂しく漂っている。
「……その花、なんて名前なん? 洸と新の雰囲気にピッタリやな」
沈み込んだ空気を変えようと、元宮さんが優しく俺に話しかけてくれた。
「……青い方はアネモネ、こっちはホワイトローズです。僕も、ひと目見て、洸くんみたいに綺麗な花やなって思って……」
洸くんの持つ儚さも、清らかさも、凛とした美しさも、全てがこの花束に表現されている気がしたのに。
「……お花屋さんに聞いてんけどな、その2つを合わせた花言葉」
隣で静かに座っていた空がぽつりと呟いた。
『あなたへの純粋な愛を心から固く誓います』
そうか、俺は選ぶべくして、この花束を選んだんやな。
洸くんへの、嘘偽りのない俺の気持ちそのものが、自然に溢れたんやろな。
それやのに、なんでこんな事になってしまったんやろう。
胸の奥に広がる痛みに耐えながら、俺は帰ってこない彼の帰りを、ただ祈るように待つことしかできなかった。
コメント
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うわあああ!!😭💔 まさかの洸くんからの拒絶、しかも「近づかんといて」ってあの口調…心臓ギュッてなったよ… 新さんが必死に探し回って辿り着いた公園で、弦くんと楽しそうにブランコ漕いでる洸くん見つけた時の安堵と、その直後の冷たい拒絶の落差がエグすぎる…っ🥺💦 アネモネとホワイトローズの花言葉がまた胸に刺さる…「純粋な愛を誓う」って知らずに選んでたって、新さんの想いが真剣すぎて泣ける😢 次話、めっちゃ気になる…!!🌸