鳥居をくぐり抜けた瞬間、蝉の声がビタっと止んだ。周りの空気から夏特有のベタっとした雰囲気が抜け、少しひんやりとした風が体を包んだ。石段を数段上がったところに物静かに建っている社の屋根は緑青(ろくしょう)色になるまでに錆びており、柱や壁に使われている木材は何とかその形を維持するのが限界だと言わんばかりにボロボロになっていた。そのため人はおろかあらゆる生物の気配を感じることすらできなかった。確かにこの辺に住んでる人は相当少ないから無理もない。
「せっかく来たしお参りくらいしていくか」
財布の五円玉を取り出し投げ入れる。目をつぶり手を合わせる。
(この夏は楽しいことがありますように)
本当は家族の健康とかを願ったりするべきなのかもしれないがたまにはこういうお願いもいいだろう。
「こんな所にお参りする人なんてまだいたのね」
声のする方へ振り向くとセーラー服を着た、肩にギリギリつかないくらいまで髪をのばした女の子が少し不思議そうにこちらを見ていた。
「スーツケース持ってるってことは……旅行?いや、こんな所好き好んで来るわけないわね。帰省ってところかしら?」
こんな所にまだ子供がいたのか。というか、ここら辺から通える学校がまだあるという事実に僕は驚きを隠せない。
「ちょっと!!人が聞いてるんだから何とか言ったらどうなの?」
「あー悪い悪い。そうそう帰省だよ帰省。君はここら辺の子?」
「んーまぁそうよ。あと君じゃなくて名前で呼んで。私は向夏(こなつ)よ。」
「あぁ分かった。僕は麗(れい)。向夏はよくここに来るの?」
「そうね、だいたい毎日いるわ。麗はどこに住んでるの?」
「東京だよ」
「ふぅーん、いいわね」
「何も良くないよ。何なら空気はいいし景色は綺麗だしこういう所の方がいいと思うけどな。」
「そんなもんなの?まぁいいわ、そろそろ私はいかなきゃいけないから。」
「あ!!待って、明日もここに来てほしいな。まだ話したいことがあるし」
「明日……ね。いいわよ、またこの時間に来てくれたら話くらい聞いてあげるわ。じゃあね」
「うん、また明日」
向夏が石段を下ると同時に赤く染まった夕日が僕の目に飛び込んできて、一瞬僕は目を眩ませた。そして次の瞬間にはもう向夏を見失っていた。
「足速いな……さて、俺も行くか」
鳥居をくぐると例の鬱陶しい暑さと音が体に染み込んできた。この時僕はこの神社の前の道が1本道であることを特に気にはかけなかった。
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