「朝音さん、びっくりしないでくださいね?」
「う、うん……分かった」
期待半分、好奇心半分といった感じに、ゆず君の部屋の前に立つ。ゆず君は、カードキーをピッとかざして、鍵を開けると「どうぞ」と、俺を部屋へ招く。
ゆず君の部屋は結構高い位置にあったし、矢っ張り、それなりに金持ちなんだなあって言うのは分かる。だから、ますます祈夜柚っていう男が何ものなのか知りたくなってきた。検索すればいっぱつなんだろうけど、スマホをいじれるような余裕は俺にはなかった。
ゆず君に招かれ、広い玄関で靴を脱ぎ、次の部屋に移動したとき、俺は言葉を失った。
「え、ゆず君これ、どういう……」
「あはは~僕、掃除、苦手なんですよね!」
と、頭をかきながら自慢じゃないですけど、なんていうゆず君と見るに堪えない部屋。いや、これ、汚いとかそういうレベルじゃないと思う。
床には本とか雑誌とか服とか脱いだままの下着とか散乱していて足の踏み場もない。辛うじて見えるキッチンには大量のカップ麵の空が詰まれていた。リビングも原型が分からないほど、全部ゴミ屋敷だ。
「ゆず君。ニートに、ゴミ屋敷はまずいと思うよ」
「だから、ニートじゃないですって」
「ゆず君が孤独死したら……きっと見つけて貰えない」
「え? そんなに汚い?」
と、ゆず君はようやく、自分の部屋の汚さを自覚したらしく、真顔で、俺を見てきた。そんなにまずいですかね? と何度も繰り返したあと、どうすればいいのかと言ったような目で俺を見てきた。
まあ、とりあえず……
「片付けよっか。ゆず君。話はそれからってことで」
「えーでも、僕片付け苦手なんでぇ」
と、言いながら、渋々と言うように、ゆず君は散らかった物を拾い始めた。まあ、拾ったところで、この惨状じゃ意味が無いんだけど……
それから、俺達は黙々と作業を始めた。といっても、俺がごみ袋を持ってきて、ゆず君は要らない物を捨てるだけだけど、もう次から次へとぽいぽいと捨てていく。はじめから、そうやって捨てていれば、こんなことにならなかっただろうに。と、俺は思いながら、ゴミ袋を縛って、玄関に寄せておいた。大きなゴミ袋が五つぐらいはでたと思う。
「わ~ありがとうございます。朝音さんのおかげで綺麗になりました」
「これからは、こまめに捨てるんだよ」
「え? 朝音さんがいれば、楽じゃないですか。ね、お願いです。また、次も片付け手伝ってくださいよ♡」
全く反省の色が見えないゆず君を見て、俺は何も言えなかった。
けれど、『お願い』します♡ なんて、言われてしまえば、俺は断ることは出来ない。きゅるん、と持ち前のあざとさで、俺を誘惑した後、俺が頷けばすぐにその顔を小悪魔に変化させる。完全に手のひらの上で転がされているなあ、とは感じつつも、無理、なんて言えなかった。ゆず君の可愛さに、俺はやられてしまっていたから。
ご満悦の様子のゆず君は、ボフンと音を立ててソファに座ると、胡座を組みながら、ルンルンと俺の方を見てきた。
「それで、聞かせてください。朝音さん」
「ええっと、何を?」
「痴漢のことですよ! どうでした!? ちゃんと痴漢されてきましたか?」
「ちょちょちょ、ちょっと、待ってゆず君」
俺は、ゆず君を落ち着かせる。
ゆず君は、「で、実際どうだったんですか?」とそれでも尚聞いてきた。本当にデリカシーがないというか、自由人過ぎるというか。
(ちゃんと痴漢されてきましたかって、パワーワード……)
俺は、ゆず君の言葉に呆れつつも、一応報告だけはした。それを聞いて、成る程なあ、と何処から取りだしたか分からないメモ帳に、ゆず君はメモをする。
「あのさ、ゆず君」
「はい、何ですか? 朝音さん」
「こういうのってさ……漫画、とか、なら分かるんだけど。ほら、BL漫画のモデルとか、なら。でも、何で小説で必要なの?」
「リアルを求めてるからですよ。ほら、小説って心情書くでしょ? 情景描写だけじゃなくて。僕は、その心を書きたいんですよ。心は行動に表れるでしょ? 僕は、人物の心情から、行動に出してみる派何で」
と、ゆず君はペン回しをしながら言う。
まるで、役者みたいだなあと思った。
台本に書いてあるのは台詞。脚本には、動きも細かく書いてある。その時の情景とか、小道具とか。確かに、動きは心に連動しているから、そう思うと、ゆず君の言っていることがあながち間違いじゃないって言うのは分かるんだけど。
(けど、俺が痴漢される必要って本当にあったの!?)
これだと、役不足じゃ無いかと思った。痴漢の気持ちも分からないと、何でそんな行動を取ったのか分からないじゃないか……そう思っていると、ゆず君はそれに気づいたように、ピクリと肩を動かした。
「あっ、でも、僕も実際やってみないと分からないですね。痴漢の気持ち」
「え?」
すくりと立ち上がったゆず君は俺の方に歩いてくる。そして、ピタリと俺の前で立ち止まると、俺の顎を人差し指でクイッとあげた。ゆず君の方が若干背が低いから、ゆず君から俺を見ると上目遣いになる。それも相まってドキドキしてしまう。
「ゆ、ずくん?」
「朝音さん――『実践』してみましょっか」
そう言うと、ゆず君はニヤリと笑った。
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