鬼を討った翌朝、冨岡義勇は雪の中に佇んでいた。消えていった鬼の最期の言葉が、なおも耳に残っていた。 「孤独に凍える心の声、誰かに届くだろうか」
そこへ、柔らかな足音が雪を踏みしめて近づく。胡蝶しのぶだった。彼女は一言、微笑みながら言った。
「あなた、また一人で抱え込んでますね」
義勇は言葉を返さなかった。ただ雪を見つめ続けていた。しのぶは少しだけ視線を落とし、ふと小さく呟く。
「人は、誰かを守ろうとして、時に自分を失うものです。でも…冨岡さん、あなたには見失ってほしくない」
その言葉が、義勇の心の奥底に染みていった。だが、彼が何かを言おうとしたとき、小さな声が響いた。
「義勇さん!しのぶさん!」
振り返ると、炭治郎が雪をかき分けて走ってくる。頬を赤らめ、息を弾ませながら。だが、その瞳は真っ直ぐで、嘘のない光を湛えていた。
「さっき、村の奥にまだ鬼の気配がありました。どうやら…あの鬼、ひとりではなかったみたいです」
義勇としのぶは目を見交わし、すぐに動き出した。
雪に覆われた山の奥深く、三人はもう一体の鬼と対峙する。その鬼は、討たれた者の姉だった。妹の最期を見届けに来たのだという。
「なぜ…なぜ人間のために、あの子を殺した…!あの子は…ずっと人を傷つけたくなくて、耐えていたのに…!」
鬼の叫びに、炭治郎の足が止まる。
義勇は構えたまま、言葉を吐き出すように呟く。
「……選べなかった。ただ、仲間を守るために斬った。それだけだ」
静かな返答の中に、葛藤が潜んでいた。その声を聞いた鬼は、静かに目を閉じる。
「……そう。ならば、せめて……妹の最期を、静かに送ってくれたことに、感謝するわ 」
そして彼女は、戦うことなく陽の光に身をさらし、雪の中に溶けていった。
「義勇さん…」と炭治郎が小さく言う。「斬っただけなんて、そんな風に言わないでください。義勇さんは、ちゃんと……想ってくれていたから、救われた人がいるんです」
義勇は答えなかったが、炭治郎の真っ直ぐな言葉が心を揺らした。その揺れを、しのぶは静かに見つめていた。
「……まだ、雪はやまないようですね」
「でも、春はきますよ」
しのぶの声は、焚き火のように、ほんの少しだけ暖かかった。
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