テラーノベル
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小鳥を飼い始めた。
青い羽根がキレイな、セキセイインコ。
名前はまだ付けていない。ほっぺたの赤い斑点が、まるで頬を染めているようでとても可愛いと思った。
でも。
その鳥は、俺が名前を付ける前にちょっとした不注意で逃してしまった。
小鳥を飼ってから、わずか1ヶ月ほどの出来事だった。
バタバタバタバタ……。
ベランダから飛び立っていく小鳥を、俺は、なす術もなく見送った。抜けるような青空が綺麗な日。深い悲しみとともにいなくなった小鳥の無事を祈った。
◆◇◆◇
ぴんぽん。
あの日と同じような空。
真っ青な空に、太陽が燦燦と光り輝く日。突然インターフォンが鳴った。
「はい」
玄関の扉を開くと、そこには5歳くらいの男の子が立っていた。
青いポロシャツに、黒の半ズボンを穿いた可愛らしいその子は大きな目をくりくりさせて、興味津々に俺を見上げている。
「どちら様?あ!ちょっと!!!」
制止する間もなく、男の子は靴を脱ぎ捨てると、部屋に駆け込んだ。
「うわぁ、広〜い!!」
男の子は大はしゃぎで、寝室に入ると、ベッドに乗り、その上で何度も飛び跳ねた。スプリングが余程気に入ったらしい。ぴょんぴょん跳ねては、笑っている。
「ぼく、壊れちゃうからさ、降りてよ」
注意すると、不思議そうに小首を傾げた。
稀に見る可愛いらしい子供だ。
目尻の下がった大きな瞳に薄い唇、スッとしたバランスのいい鼻梁にもちもちの透けるような白い肌。末はさぞ恐ろしい美少年になるに違いない。それでも今は小さな子供。口を尖らせ、ベッドに座ったままでこっちを睨む。
「おれ、ここで寝る」
そう言うと、こてん、と横になり、暫く腕を組んで不機嫌そうな顔をしていたが、横になって頑張っているうちに眠くなったのか、うとうととして、しまいには本当に寝てしまった。
「かわい」
無防備に今は口を開けて涎を垂らし、すやすやと眠っている。そして時折むにゃむにゃと何かを呟く。耳を澄ましてみると、偶然にも自分と同じ名を呼んでいるようだった。
「りょうたぁ……すき……」
俺の名も涼太、という。
こんなに可愛い子に好かれるなんて、その『りょうた』は羨ましいなと思った。起きたら親御さんのことを聞いて家まで送り届けねばと思う。横に添い寝して可愛らしい姿を眺めていたら、いつの間にか一緒に眠ってしまったようで、目が覚めるともう日が暮れかけていた。起きたらお腹が空いているかもしれないと試しに得意な料理の腕を奮い、夕飯を作ってみた。喜んでくれるといいが……子供の好きそうなハンバーグだ。
もうすぐで焼き上がる、という頃になって、男の子がのっそりと起きてきた。眠たそうな目をこすりながら、とてとてと歩いてくる。子供は頭が一番重くて転びやすいと聞いたことがあるけれど、寝起きでぼんやりしているせいもあるのか、幾分ふらふらしながらこちらへと向かってきた。
「おなかすいた」
「もうすぐできるよ」
おそるおそるこちらへと近づいてきた男の子は、めいっぱいに背伸びをしてカウンターにある付け合わせの入ったお皿を見ると、たちまち目を輝かせた。
「きれい!!!」
にんじんのグラッセと、ブロッコリー、そしてプチトマト。ポテトフライも添えてある。わかりやすい原色が、この子には綺麗に見えたようだ。
「それに、すごくいいにおい!!!」
バタバタ足を鳴らして喜んでる。
可愛いな。
俺にはまだ子供はいないけど、いたらこんな感じなのかもしれない。抱き上げて、先に食卓に座らせた。
「もうちょっと待ってて」
フォークとナイフを持たせると、初めて見るかのように手の中のそれらをしげしげと眺め、叩き合わせてカチャカチャと鳴らしている。このままチャンバラごっこが始まりそうだ。
「お箸の方がよければあるよ?」
「これがいい!!これ、強そう!!」
……一体、何と闘うんだろう?(笑)
言っていることとしていることがあまりに可愛くて思わず頬が緩む。飼っていた小鳥がいなくなって以来、俺は初めて癒されるような感覚を覚えていた。
「ごはん食べたらお家に送るよ。はい、どうぞ」
「うわぁ…………!!」
男の子は目の前に置かれたお皿に夢中になって、俺の食べるのを見ながら見よう見まねで一生懸命に食べていた。
一口めのうわっ!うまっ!があまりに可愛らしくて笑ってしまう。
しかし困ったのはこの先。
彼は自分の家がわからないと言う。正確には、自分の家はここだと主張して譲らない。もしかしたら親御さんが捜索願いやなんかを出している頃かもしれないし、このままでは誘拐と間違われてしまうかもしれない。かといってテコでも動かないこの子を無理やりに警察に連れて行くわけにもいかない。
「じゃあせめてお名前教えてくれない?」
「名前ないもん」
「そんなわけないでしょ」
言うけど、首をふるふると振るだけ。
本当に困ったような顔をして、今にも泣き出しそうなその子を見て、掛ける言葉をつい見失いそうになる。そこで俺は提案してみた。
「とりあえず名前がないと不便だから、俺が付けてもいい?」
「うんっ!!!ほんとに名前つけてくれるの?」
期待を込めたようなきらきらした瞳がプレッシャーだな…。ええと…。
「……しょうた、しょうたはどう?俺、涼太って言うんだけど、似た名前で」
「うんっ!!!おれ、しょうた!!!かっこいい!!!ありがとう」
仮の名前でもそんなに嬉しかったのかな。少しくすぐったいような気持ちになった。
◆◇◆◇
しょうたが眠り、小さな頭を撫でながら、明日からのことを考える。とりあえず警察に行って、親御さんを探さないといけない。明日は平日で仕事もあるし、日中付きっきりではいられないだろう。そんなことを考えていると、もう夜も遅いのに不意に玄関のインターフォンが鳴った。今日はやけに来客の多い日だ。
カメラには痩せた男が映っている。かっちりしたスーツを着た前髪の長い男だ。可愛らしい顔立ちをしているが、真面目で誠実そうな人物に見えた。
「どちら様ですか…?」
「あ。僕、アベといいます。子供を迎えにきました」
「子供?」
「こちらにお邪魔していませんか?まだ幼い男の子なんですけど」
「ああ…」
寝室に通すと、しょうたを見て、アベと名乗った男は微笑んだ。
「随分とあなたのことが好きみたいですね」
「はあ……」
何と答えたらいいかわからないでいると、アベはいきなり俺の手を取った。突然のことに慌てるが、アベは俺の動揺など気にする素振りもなく、優しく包み込むように俺の右手を両手で包み込んだ。その目は真剣だ。
「この子にはひとつ大きな心残りがあって…。名前が無いことだったんです。どうかこの子に相応しい名前を付けてあげてくれませんか?」
それなら、と俺はさっきのやりとりを思い出しながら、アベに事情を説明した。アベはいささか驚いたようで目を丸くした後、何とも言えない表情をしてしょうたを抱き上げた。胸の中のしょうたは眠ったままだ。ぴくりとも動かない。
「一瞬だったんです」
「え」
「逃げた先で猫にね、襲われてしまいました。彼はまだ小さいのに呆気なくその短い生涯を閉じてしまったんです」
何の話をしているんだろう?
アベは淡々と説明を続けた。
「天国へ行く前に、この子がどうしても叶えたい夢があると申しましてね。それで、ここへ来ることを許可したんです。神も不憫に思ったのでしょう」
「あの…」
「不幸な事故です。あなたは悪くない。ただ、しょうたももっとあなたと生きたかったと思いますよ。ずっと涼太に会いたいと言っていましたから」
アベの腕の中のしょうたがぼんやりと発光して見える。しょうたは依然眠ったままだが、その美しい顔は忽ち眩いばかりの強い光に包まれて見えなくなっていき、ゆっくりと時間をかけ、やがて消えた。俺はその過程を黙って見ていることしか出来なかった。そしてしょうたの姿がすっかり消えると、アベはにっこりと笑い、頭を下げる。
「ありがとうございました」
「……………」
「しょうたはきっと生まれ変わります。もしかしたら、将来、またあなたと出逢うことがあるかもしれませんね」
「……ありがとうございました……」
やっとのことでそう応えると、アベは俺を見てもう一度深く一礼をし、部屋を出て行った。目の前で起きた出来事はとても不思議だったけれど、俺はなぜか穏やかな気持ちでいた。この時既にしょうたとの再会を確信していたからかもしれない。
◇◆◇◆
あの不思議な出来事から10年の歳月が経ち、俺は交際していた女性と結婚をし、ひとりの子供を授かった。
とても美しい男の子だ。
5歳になった今も俺の腰にまとわりついてきて、片時も離れないでいる。これくらいの年頃の子はママに懐くことが多いと聞くけれど、この子はちょっと珍しいほどのパパっ子だった。お陰で奥さんに時々嫌味を言われる。
「パパ、すきー」
「翔太、パパも翔太が大好きだよ」
もちもちの白いほっぺにキスをして、膝の上に乗せて頭を撫でると、くすぐったそうに喜んで首にまとわりつく翔太が可愛くて仕方ない。今度のこの子の人生は、俺が必ず守るからね、ときっと何処かで聞いているであろう、胸の中のアベに俺は誓った。
おわり。
コメント
10件
まさか息子として帰ってきてくれるなんて🥹❤️💙
突然現れた男の子の名前はひらがなでしょうただけど、生まれた子供は漢字で翔太なのがなんか、なんか言葉じゃ表せないけどこだわり的なものを感じて好きです😭😭😭
わーーーー😭😭😭 眠ったしょうたが消えていくとこグッときちゃった。会いたかったし名前つけて欲しかったんだねぇ。でもちゃんと生まれ変わった翔太と再会してて良かった。今度は離れ離れにならないね😢