テラーノベル
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二人が一緒に暮らしだしてから、およそ一ヶ月が過ぎた。
お互い特に衝突するようなこともなく、穏やかに過ごせている。とはいえ、淡々としすぎているのではないか、と阿部は思っていた。
生活時間が不規則なため、家事は各々がするスタイルだった。
二人とも、そこはどちらが言うでもなく、自然に受け入れている。けれど、仕事の関係で数日顔を合わせない時など、何となく一人で暮らしているような気持ちになる。
先日も、乾燥機から自分の服だけを取り出しながら、なんだかモヤモヤしたのだった。
「なんか、こう、モヤるんだよ」
楽屋で机に突っ伏しながら、阿部は佐久間を相手に愚痴っていた。
「上手く言えないんだけどさ、なんかさ、」
「コレジャナイ感?」
「それ!」
佐久間の言葉に阿部は顔を上げる。が、すぐにまた机に伏した。
「…でも、贅沢だよね。好きな人と暮らせてるのに、これじゃないとか…」
佐久間は、結論を見つけられない阿部を、物珍しそうに見ていた。
(…あべちゃんって、照が絡むと本当にポンコツだよなぁ…)
何となく佐久間は、阿部が何にモヤモヤしているのか察していた。自分に分かってなぜ阿部が分からないのか、それが理解できない。
「あべちゃんはさ、『奥さん』っぽいことしたいんでしょ」
佐久間の言葉に阿部は顔を上げた。
「え?」
きょとんとして佐久間を見る。
「世話焼きたいんだよ、照の」
言われて阿部は、ようやく腑に落ちた。それと同時に、自分がそんな願望を抱いてことに赤面する。
コレジャナイ感の正体は、岩本の奥さんぶりたいという願望からくる、フラストレーションだった。
「は…恥ずかしい…」
パーカーのフードを目深にかぶる。耳が熱くなるのを感じた。
「何で?いいじゃん、健気じゃん、可愛いじゃん」
佐久間は、はしゃいだ感じで言う。
「奥さんぶりなよ」
「いや…でもさ、ひかるは何でも自分でやるし…」
洗濯も掃除も、岩本は世話を焼かれるまでもなく、そつなくこなす。
他に手が出せそうなところと言えば——
「料理」
頭上から声が降ってきた。阿部と佐久間は声の主を見る。
「阿部、料理だよ」
宮舘だった。
「話は聞かせてもらった」
阿部のフードを払い除け、芝居がかった台詞回しで言って微笑む。
「奥さんぶるなら料理をするんだ」
「料理かあ…」
阿部は複雑な表情で呟いた。岩本は確かに、普段料理らしい料理はしない。すると言えばゆで卵やサラダチキンを作るくらいだ。しかし、阿部も料理は同じレベル。手を出すにはハードルが高い。
「俺、市販のルゥを使うカレーくらいしか作らないんだよね」
宮舘は、がっちりと阿部の両肩を掴んだ。
「大丈夫。俺が教えます」
「え、ホント!?」
嬉しそうに阿部が顔を輝かせた。
「良いじゃん、あべちゃん。ダテ仕込みの料理なんて、照喜ぶぞ」
佐久間も諸手を上げて賛成する。岩本が喜ぶと言われて、阿部も俄然やる気になってきた。
「舘さま、弟子にしてください!」
顔の前で手を合わせて阿部は言う。
「もちろん。じゃあ、今日から特訓だ」
「はい、先生!」
勢い込んで返事をすると、宮舘はふわりと笑った。
「俺、ちゃんと批評するから、試食させて」
佐久間が楽しそうに笑う。
「照、帰るの楽しみになるんじゃない?」
言われて阿部は、そうなったら良いな、と思った。
その日から、宮舘主催の料理教室が始まった。時には阿部の家で、時には宮舘の家で基本的なことからみっちり教わる。
料理は意外と阿部の性に合っていた。レシピを読み込み、手順を確認し、材料を計測する。そして、その通りにそれらを煮たり、焼いたり、混ぜ合わせたり…
「改めてやってみると、実験みたいだよね」
調味料を測りながら阿部は言った。
「理系の阿部には向いてるんじゃない?」
「でも求めなきゃいけない解は、対象の主観に基づく『味覚』なんだよねえ」
岩本が美味しいと思わなければ、阿部にとっては意味がない。正解はあくまでも岩本なのだ。レシピ通りなら良いというわけではないところは難しい。
「目分量で作れる人は凄いね。舘さんは目分量でも味決まるんでしょ?」
「まあね。でも阿部は勉強好きだから、すぐ目分量で作れるようになるよ」
だといいなあ、と測った調味料を混ぜながら阿部は微笑む。その横顔があまりに幸せそうで、宮舘も自然と頬が緩んだ。
「…阿部が幸せそうで嬉しい」
「えぇ?何、急に」
ポリ袋の中で豚肉に片栗粉を薄くまぶしながら、阿部は宮舘の言葉に笑った。
「まあ、仲良くやってください」
阿部の手元を見守りつつ、宮舘は微笑む。
「うん。仲良くやるよ」
「あ、でも、楽屋では控えていただいて」
「あー、はは…ソウデスネ」
皆に二人の関係がバレた一件を思い出し、阿部は苦笑した。それでも、バレたこと自体は良かったと思う。皆が茶化しながらも、認めて祝福してくれるのだから。
「でも舘さんと翔太は、あれより前から察してたんだよね?」
油を引いたフライパンを熱しながら、阿部は伝え聞いたことを尋ねた。
「だって見たからね」
「見た?」
「エレベーターで、手繋いだの」
「えっ?」
阿部はフライパンに肉を投入しかけて、手を止めた。
「ドアが閉まる寸前に。阿部が照の手握った」
宮舘の言葉に阿部は、ドアが閉まり切るまで我慢できなかった自分を恥じた。
まさか見られていたとは。
「それは…翔太も見た?」
「見たよ。だいぶ混乱してた。『何でアイツら、手繋いだ?』って」
「まあ、そう、なるよね…」
渡辺が混乱する様子が、容易に想像できる。
それでも、気づいてから黙っていてくれた二人には、感謝しかなかった。
フライパンに入れた肉を菜箸で広げる。しばらくして肉の色が変わってくると、香ばしい匂いが漂ってきた。焼き色がついた頃、肉を裏返して裏面にも焼き色を軽くつける。一緒に薄切りにした玉ねぎも投入して炒めた。美味しそうな色味になったあたりで、混ぜ合わせた調味料を流し入れる。
「手際が良くなったね」
黙って見ていた宮舘が、ひと言言った。
「舘様に褒めていただけた」
褒められて阿部は表情を明るくして、少し冗談めかして言う。声音には、嬉しさが滲み出ていた。
(…阿部って、こんな可愛いんだなあ)
宮舘は思った。知っているつもりだったが、改めて接してみて、それ以上だと再認識した。
(そりゃ、照も放っておけないよねえ)
岩本の溺愛ぶりを思い出し、彼は思わずニヤニヤした。
岩本は憂鬱な気持ちを抱えたまま、家路についていた。
このところ阿部の様子がなんだかおかしいと、彼は感じていた。やたらと帰宅時間を把握したがり、『その時間には帰ってこないこと』を確認される。そして、なぜだか宮舘と距離が近い。メンバー同士交流があるのは当然だが、これまでよりもやたらと頻繁に話している気がした。
にこにこしながら話す2人を見て、ヤキモチを妬かないわけでもなかったが、それでも岩本は自制した。まさか宮舘が人の恋人にちょっかいを出すとも思えなかったし、阿部もそういう雰囲気でもなかったのだ。
とはいえ、不満と不安が消えない。問いただそうか、とも思うが、この程度のことを問い詰めたりしたら、かえって嫌われるんじゃないかと躊躇していた。
エレベーターを降りて、玄関のドアを開ける。
そして岩本は固まった。
靴が二足並んでいる。一足は阿部の靴。
もう一足、先の尖った革靴は——
(は…?舘さんの靴?)
背筋に冷たいものが走る。軽い目眩を覚えた。
(いや、まさか、まさか…ね?)
それでも彼は、平静を保とうとした。
が、いつものように、ただいまと声をかけることも出来ず、こそこそと忍び足でリビングへ向かう。
リビングへの扉を開けると、阿部と宮舘がキッチンにいるのが目に入った。
寝室で遭遇しなかったのは幸いだったが、宮舘と目が合って、岩本は言葉が出なかった。
「あ、照」
動揺する岩本とは対照的に、宮舘はまるで慌てず平然としていた。
「ひかる、おかえりー」
阿部もまた同様で、岩本を見てにこにこしながらキッチンから出てくる。
「阿部、あの、何して…」
「あ、じゃ、俺は帰るわ」
岩本が言いかけた時、宮舘が言った。
「え?帰る?」
「俺がいるのは野暮でしょ」
阿部にそう微笑みかけてから、宮舘は岩本を見た。
「ちゃんと感想言えよ」
ひと言そう言ってウィンクする。
「舘さま〜、ありがとう」
阿部の声にひらひらと手を振って、彼は帰って行った。
岩本は何が何だかわからず、阿部を見る。そこで初めて、部屋に漂う美味しそうな香りと、阿部のエプロンに気づいた。
「タイミングばっちりだよ、ひかる」
阿部は嬉しそうに言うと、キッチンから皿を持って出てきた。ダイニングテーブルに置かれたそれを岩本は見る。
「これって…」
「生姜焼き」
阿部は少し照れ臭そうに言って、座って、と促した。岩本は言われるがまま席に着く。茶碗に盛られた白米と味噌汁がさらに並べられた。
阿部も向かいの席に、自分の分を用意して座る。
「食べよ?」
小首を傾げて言った。
阿部に促され、岩本は箸を手に取った。
けれど、すぐには料理に手を伸ばせなかった。
目の前に並んでいるのは、どう見ても自分のために用意された食卓だった。
白いご飯。
味噌汁。
そして、照りのついた生姜焼き。
その向こう側では、阿部が期待と不安の入り混じった顔でこちらを見ている。
「……これ、阿部が作ったの?」
「うん」
「全部?」
「うん。まあ……舘さんに教えてもらいながらだけど」
岩本は目を瞬いた。
「舘さんに?」
「そう。最近、料理教えてもらってたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、岩本の胸の奥に引っかかっていたものが、ようやく繋がった。
帰宅時間を聞かれるようになったこと。
宮舘と妙に楽しそうに話していたこと。
今日、家に宮舘の靴があったこと。
全部、これだったのか。
「……なんだ」
思わず呟く。
「え?」
「いや……何でもない」
岩本は苦笑して、生姜焼きに箸を伸ばした。
一切れつまんで、口に入れる。
阿部がじっと見ている。
「……」
「……」
「どう?」
「ん」
咀嚼して、岩本はもう一度味わうようにゆっくり噛んだ。
「うまい」
その一言に、阿部の顔がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「うん。普通にうまい」
「普通にって何?」
「いや、褒めてる」
「もっと褒めてよ」
「美味しい。めちゃくちゃ美味しい」
「よしっ」
阿部が小さく拳を握る。
その仕草があまりにも可愛くて、岩本は思わず笑った。
「……何?」
「いや」
岩本は箸を置き、阿部を見る。
「嬉しいなと思って」
「何が?」
「阿部が俺のために料理してくれたこと」
阿部の頬が、じわりと赤くなる。
「……だって」
「うん」
「一緒に暮らしてるのに、なんか俺たち、それぞれ一人で暮らしてるみたいだったから」
岩本は黙って阿部の言葉を聞いた。
「洗濯も掃除も別々で。家に帰っても、ただ自分のことやって寝るだけみたいな日もあるし」
阿部は少し照れ臭そうに笑った。
「それが嫌だったっていうか……」
「……うん」
「もっと、ひかるのことやりたいなって」
その言葉に、岩本は一瞬黙り込んだ。
「……それ、奥さんみたいなことしたかったってこと?」
「!」
阿部の顔が一気に赤くなる。
「ち、違っ……いや、違わない、けど…」
「ふはっ」
「笑わないでよ!」
「ごめんごめん」
岩本は笑いながら、手を伸ばした。
テーブル越しに阿部の手を取る。
「嬉しいよ」
「……ほんと?」
「うん」
指を絡める。
「他にもレシピ色々習ったんだ。だからまた作るね」
阿部がはにかみながら言う。
「楽しみにしとく」
しみじみと幸せを感じながら、岩本は返した。
「今度はひかるが好きそうな、甘いものも教えてもらうんだ」
ウキウキしながら阿部が言った。
やってみたら意外と楽しくて、すっかり料理に夢中になってしまったらしい。嬉しそうに話す阿部を見て、岩本は宮舘とのことを勘繰っていた自分を恥じた。
「…俺も教わろうかな」
ぽつりと言う。
「俺も阿部に振る舞いたいし、たまには一緒に料理したいし…」
「一緒に?良いね」
きっと楽しいだろうな、と阿部は思った。
一緒に暮らし始めて一ヶ月。
これまでは、ただ同じ家に帰るだけだった。
けれど今日から少しだけ違う。
一緒に食卓を囲んで、相手のために料理をして、今日あったことを話す。
そんな当たり前のことが、阿部にはたまらなく嬉しかった。
コメント
8件
❤️も💚の可愛さに気づいちゃいましたね!笑 一途な💚も、色々勘ぐっちゃう💛も可愛すぎです💞
かわいい2人😭😭エプロン姿の💚を拝みたいです🙏
とても幸せな家庭すぎて、感動です。 いつまでも続いて欲しいです。勝手ながら願ってます。
M_Yuzu
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