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注意事項
〇本作品はフィクションであり、実在する人物・団体とは何ら関係有りません。
〇オリキャラ出ます。
〇政治的、戦争賛美の意図はございません。
〇史実ネタが含まれますが、作者は歴史に疎いです。
〇一部キャラに名称の変化がございます。
〇本作品は、クリスマス及びクリスマス休戦をテーマにした作品です。
〇いつもとは少し違う世界線です。
以上の事をご理解の上、本作品をお楽しみください。
「なんで、休日のはずなのに……」
「あ゙〜〜!クリスマスが〜!ぶっ潰れる〜〜!」
12月24日。イブの真っ昼間、ドイツは家に持ち帰った仕事に明け暮れ絶望し、そのドールである独華は、発狂している。
クリスマスイブだと言うのに、仕事の残っている二人は家で書類に囲まれている。
そんな部屋に、見慣れないドールが一人。
「まぁ、俺の頃よりは少ないが……。手伝おうか?」
独華の顔を覗きながら話すのは、独華の先々代のドール。
ドイツ帝国のドールであり、独華のもう一人の兄に当る存在、__炎逸である。
「「……!救世主っ!!」」
ガバっと倒していた上半身を起こし、独華とドイツは目を輝かせる。
期待と感謝の念のこもった眼差しに、炎逸は少しくすぐったく感じた。
「よし。じゃあ、5時には終わらせようか」
頼られた。そんな事実が炎逸には底しれぬほどに喜ばしかった。
散々、自分の代で迷惑をかけたと思っているから余計にだ。
そうして、炎逸は独華の目の前に積み上がった書類の山を全てかっさらって言った。
「俺はこれをやるから、独華は、ドイツの書類を手伝えよ」
一見すると、炎逸の請け負う仕事量の方が多い気もするが、彼にとっては書類仕事など慣れたものだ。
どこぞの英国紳士ドールにも引けを取らぬ程には仕事が早い。
その仕事の早さの秘訣は、ひとえに言ってしまえば、“慣れ”である。
「炎逸兄さん……、俺、半年は感謝し続けるよ」
独華のそんな言葉に炎逸は苦笑いを浮かべたが、その真っ赤な瞳はどことなく幸せそうだった。
そうこうして、時刻は午後四時。
既に当たりは暗くなっており、星もちらほらと見える。
「ほ、本気で終わった……!」
独華は両手を上げて歓喜を満面の笑みと共に表した。
「す、凄い。まさか、10時までに終わるとは……」
ドイツは炎逸の言葉を聞いていたにも関わらず、午後10時にも終わらないと思っていた。
だと言うのに、彼らの目の前にある書類は全て、片付けられていた。
「二人共、お疲れ様。さぁ、更に暗くなってしまう前に、先に私の家に行ってくれ」
炎逸は、不器用な笑みを浮かべ、独華の頭を昔と変わらない傷だらけの手で柔く撫でた。
「炎逸兄さんは一緒に行かないのか?」
自分の住まいに使うと言うのに、炎逸の言葉から聞き取るには、ドイツと独華二人だけで先に行くように聞き取れた。
「俺は、古い知人から連絡があってな。久しぶりに会うんだ」
少し遠くを見つめるように、目を細めた。
「門番役を買って出たアイツには連絡しているから、塀の中に入った後は、津炎か兄さんが案内してくれるはずだ。俺もすぐに行くから、待っておいてくれ」
彼ら引退したドール達は、高い塀に囲まれた不思議な場所に住んでいる。
引退したドールらによる結界的なものにより、外部の者にはどうやって入るのか、どこにあるのかさえわからない。
門番役を買って出たローマ帝国のドールには、炎逸が事前に説明をしている。また、炎逸の先代であり、独華の三代前のドールにも話は通している。
炎逸の根回しがいいのは、昔から変わらぬものだ。
静かに微笑み、ドイツと独華を柔く撫でたその手が、なんとも頼もしく思えた。
それから三人は二手に別れ、炎逸は重圧感のある革靴で、微かに積もった雪を踏みしめながら歩む。
街は赤と緑のLEDの光でライトアップされ、店々からクリスマスソングが漏れ出て聞こえる。
広場には、中央に巨大なクリスマスツリーが飾られていた。
それを見に来た、子供連れの親子、家族。
その誰もが目を輝かせ、幸せそうに微笑んでいた。
そんな様子を炎逸は横目で見ながら、暗い路地へ足先を向ける。
路地を進んだ先にある、ビルとビルの間の道。
人一人がやっとの事で通れる程狭いその道を進めば、微かな光を漏れ出すバーが見えた。
ひっそりとそこにあるバーは、モノトーンで統一された、静かな穴場だ。
少し古びた木のドアを押して開くと、中は薄暗く、微かなオレンジの光がバーテンダーのいる方から射しているだけだ。
カウンター席に一人、紺のスーツを着こなしたドールが居た。
微かに耳に入るのは、カウンターの奥でグラスを吹く音と、クラシックなジャズの旋律、そして、彼がグラスを机にそっと置いた音のみだ。
炎逸は、音も無く、一人のドールに向かって歩を進める。
手を伸ばせば肩に触れれる程の距離まで近づけば、炎逸がやっと口を開いた。
「お久しぶりですね、英厳。いや、今は炎吉でしたか?」
炎逸は微かな笑みを浮かべながら、そのドール。イギリスのドールに声をかけた。
「引退組の方々皆さん、必ずそう言いますね」
呆れたように、慣れたように、炎吉は乾いた笑いを漏らした。
炎吉の手には、透明なガラスのカップが一つある。
その中には、スパイスやレモンのスライスがオレンジ色の液に浮かんでいた。
「先に飲んでいらっしゃったんですか」
炎吉の手元に視線を動かし、そう言った。
「えぇ。今日は随分と冷え込んでいるので、先に一杯頂きました」
変わらない笑顔を浮かべる炎吉は、手元のホット・トディを一口飲んだ。
「バーテンダーさん。俺も彼と同じ、ホット・トディをお願いします」
バーテンダーは確かに頷き、静かにカクテルを作り出す。
そして、炎吉の隣にいつの間にか腰掛けた炎逸の目の前に、微かな音を立ててカップを置いた。
「ありがとうございます」
炎逸はそう一声かけて、静かに一口。ホット・トディを口にした。
「それにしても、貴方の敬語には、知っていたとは言え少々驚いてしまいました」
炎逸がそう語るのも無理は無い。
スーツを着こなし、海のような深い青の瞳と、美麗な顔つきに、完璧と言っても過言では無いような作法。
それだけを聞くと、なかなかに完成な紳士の炎吉だろう。
だがしかし、以前の炎吉……。英厳は、それはもう不器用で、本音を言えず、温かな感情に鈍いドールだった。それでもなお、変わらぬ優しさは持ち合わせていた。
「現役でいる限り、時代の変化に合わせねばなりませんから。それにもう、大英帝国は居ないんですよ」
そう語る炎吉の瞳は下を向いて、微かに揺れていた。
「ですが、やはり貴方は変わらず、寒さがお嫌いなご様子で…」
咄嗟の判断か、偶然なのか。炎逸は笑みも何も浮かばない、普段通りの表情のまま、話題を切り替えた。
その言葉に、カップを黒い木の机に置き、普段の笑みを消した。
「えぇ。特にこの時期は……、どうにも、思い出してしまいますので……」
深い青の瞳の奥に、あの頃の光景が影を落とし現れる。
「1914年のことですか…」
そう答えた炎逸のガーネットのような赤い瞳にも影が落ちる。
二人は少し目を細め、あの日、あの時の光景を思い返した。
1914年12月24日の夜。
あの日も寒かった。
肌を刺すような冷たい風と、シンシンと降り積もる雪。
夜の帳が降りた静寂と、耳の奥に残る昼間の銃声。
塹壕には、疲弊しきった兵士たちが暗い顔をして土壁に背を預ける。
ドイツ軍の方では、炎逸が静かに目を閉じていた。
イギリス軍の方では、英厳がただ静かに大きな溜息をついた。
互いに、互いがそこに居る事など知る訳もない。
そんな中、一人のドイツ軍の新兵が歌を口ずさんだ。
「Stille Nacht, heilige Nacht,」
そんな新兵に釣られて、他の兵たちも賛美歌を口ずさみ始めた。
「「Alles schläft, einsam wacht」」
そんな静かな賛美歌に、炎逸は目を見開いた。そして、ただ静かに微笑み、彼もまた賛美歌を口ずさみ始めた。
そんなドイツ軍の歌声が、塹壕同士の間にある無人地帯を越えて、イギリス軍側にも聞こえてきた。
歌詞の内容こそ分からなかったものの、メロディーはイギリス軍側も知っていた。
そう、誰もが知る賛美歌。きよしこの夜だったのだ。
英厳(当時の炎吉)は、咄嗟に顔を上げ、目を見開いた。
彼に続き、他のイギリス兵も顔を上げる。
信じられない。そう言いたげなイギリス軍の表情とは裏腹に、ドイツ軍の歌声はまだ聞こえる。
歌詞こそドイツ語であれ、それは間違いなく【きよしこの夜】だった。
イギリス兵たちは、静かに目を細め、その歌声に耳を傾けた。
そんな中、一人の老兵がドイツ軍の賛美歌に合わせ、口ずさむ。
「Sleep in heavenly peace,」
少し震えた低い声で、口ずさみ始めた。
その歌は、英語ではあったが、ドイツ軍の歌う賛美歌のそれとリズムは同じだった。
やがて老兵の口ずさむ賛美歌は広まり、他のイギリス兵たちも口ずさむ。
それに釣られ、英厳でさえも重々しかった口を開いた。
「Sleep in heavenly peace.」
凍てつくほどに凍える気温であったにも関わらず、その場に居る誰もが、胸のうちの小さな温かみを感じた。
「Silent night, holy night!
Son of God, love’s pure light!」
「Stille Nacht, heilige Nacht,
Gottes Sohn, o wie lacht」
やがてその歌声は、ドイツ語と英語。両方が重なり、ある種の完成形に変わった。
だが、そんな賛美歌も、終わりが来る。
歌い終わると、辺りを再び静寂が包み込む。
強い冷え切った風が吹く音だけがそれぞれの耳に届いた。
気がつけば、空の端が桃に染まりだす。
やがてそれは朱に染まり、白む。夜空だった頭上は、紫色に染まり、徐々に鮮やかな蒼へと変貌を遂げる。
空は、どこまでも高い群青色だった。
イブの夜が終わり、クリスマス本番がやってきたその日。
ドイツ兵の一人。始めに賛美歌を口ずさんだ新兵が、イギリス兵たちへと塹壕の胸壁越しに大きく手を振る。
その行動を心配した他の兵たちは慌てて新兵を屈ませるが、銃声は聞こえなかった。
安堵のため息をついたその時、イギリス軍側の塹壕からも何か声が聞こえる。
「Hey!」
恐る恐る、ドイツ兵の一人が顔を上げ、見てみる。
そこには、イギリス兵も手を降っている光景があった。
(これは、大丈夫なのか……?)
英厳も、炎逸も、二人揃ってその時そう思った。
ドイツ軍の新兵は希望と期待に満ちた瞳を炎逸に向け、イギリス軍の老兵は穏やかな光を見つめるように目を細めた。
始めに動き出したのは、ドイツ軍の新兵だった。
手元の銃をその場に置き去りにし、不格好で小さなクリスマスツリーを片手に、塹壕から這い出て、無人地帯へと踏み込む。
その場に残ったドイツ兵たちは、唾を飲み込み、何かあった時の準備をする。
新兵に答えるかの如く、イギリス軍の老兵が銃を手放し、一人で無人地帯へとよじ登った。
イギリス兵たちも、まばたき一つせずに、何かあった時の準備をした。
そんな二人の敵同士の兵が、無人地帯の中央。有刺鉄線などがはびこる場所に一歩ずつ進んだ。
互いに後一歩程進めばぶつかってしまうほどの距離まで来た時、互いに手を前に出した。
手と手を合わせ、確かに握手をした。
その瞬間、緊張の糸が切れたように後ろに控えていた兵たちは安堵のため息をついた。
握手の手を解くと、ドイツ軍の新兵は不格好なクリスマスツリーの枝を老兵へと手渡す。
それに応えるかのように、イギリス軍の老兵は胸元からタバコの箱を取り出した。
その瞬間、歓喜とも、どよめきとも受け取れるような声が飛び交う。
両軍の兵士たちが、安心と安全を信じ、塹壕から身を乗り出し始めた。
無人地帯に立つ兵たちは、挨拶を交わし、物を交換し合い、家族の話をする。
そこには、誰も“敵”として立っていなかった。誰もが、たった一人の“平和を望む者”として居たのだ。
そんな兵たちの背中を、炎逸と英厳は見つめていた。二人は塹壕に残ったままだ。
塹壕の中で、無人地帯の兵たちを間に挟み、炎逸と英厳は視線を交わす。
二人は目を閉じ、軽く溜息をついた。安堵か、呆れか、それは本人たちにしか分からぬ事だ。
炎逸と英厳。二人が静かに頷き会えば、一斉に塹壕から飛び出し、無人地帯へと登った。
中央部まで歩寄れば、二人も確かに握手を交わした。
「ここは、知らないふりを貫き通しましょうか」
「それが良いな」
炎逸のそんな提案に、英厳も呆れたように、少し有難そうに賛成した。
炎逸の手は、この時には既に荒れていた。
「その手、痛くないのか?」
他の兵たちが集まっている場所より少し離れた、全体を見渡せる場所で腰を下ろし、二人は会話を始めた。
「俺のドールの傷は、無痛覚なんです。“痛み”と言うものを感じ取る事ができないんです。貴方のその右目と同じようなものですよ」
炎逸は薄く、自嘲的に笑い、自身の手を揉む。
彼の手は、切り傷だらけ、アカギレだらけの乾燥した手だった。
「そうなのか……。俺も、右目の視力が弱くてな。右側だけ距離感が掴めん」
そう話しながら、右目に手を当て、下手な笑みを見せた。
「それよりも、彼らを見てくださいよ」
炎逸は軽く手で英厳の視線を誘引する。
そこには、ドイツ兵とイギリス兵が肩を組み、笑い合い、楽しそうに話している光景が広がっていた。
「あぁ。あそこには、血で血を洗うような醜いものは無い。どこよりも光に満ちている」
英厳は眩いものを見るかのごとく、目を細めてそう語った。
「明日がどうなろうとも、今この瞬間の光景は、眩いですね」
炎逸もその光景に目を細め、微かに微笑んだ。
炎逸と炎吉は、残っているホット・トディを一気に飲み干し、バーの木の机に置いた。
「……しかし、あの光景は死んでもなお、忘れられる自信がありません」
空になったガラスカップの底を見つめ、炎吉は呟いた。
「えぇ、あの光は強すぎたした。だからこそ、影も濃かった……」
炎逸は目を伏せ、握りしめた自身の右手を見つめた。
あの兵士たちの行動は、決して許されたものではなかった。
クリスマスが終われば、また互いに銃口を向け合い、殺し合う日々が続いた。
クリスマス休戦の発端となった新兵と老兵は、真っ先に上層部の人間に首をはねられたのだ。
それ以降、もうクリスマス休戦は起きていない。
「もう、あの奇跡は起きないのでしょうね……」
諦めと、深い悲哀の入り混じったガーネットの瞳は揺れている。
「一度しか、起きる事が無いから、【奇跡】なのかもしれませんね」
炎逸の言葉に、炎吉はただ静かに言葉を紡いだ。
二人の間には、いつの間にか会話の声は無くなり、静かなジャズの音色だけが響いた。
2・3分の無言を打ち破り、炎吉が何かを思い出したように炎逸へ声を掛ける。
「そう言えば、お時間は大丈夫なのですか?」
「あっ……」
炎逸はそんな声を漏らした。
本来であれば、古い昔の知人の顔を少し見て、軽く昔話でもすれば家へ帰り家族での時間を過ごす予定だった。
しかし、炎逸の想像を超える程に昔話に時間を割いてしまったのだ。
「……これは……、詰め寄られる予感が……」
頭を少し抱え、そんな事を呟く炎逸を他所に、炎吉は落ち着いている。
「そう言えば、炎吉さんは、クリスマスに御兄弟で集まらないのですか?」
そんな炎逸の問いに、炎吉は至って穏やかな表情のまま答えた。
「私は、日付を超えたアメリカ合衆国のほうで集まりますので。“時差”があるのですよ」
炎逸は、そんな回答に納得がいったかのように頷きながら、バーテンダーへ会計を渡す。
「では、そろそろ、御暇させていただきますね」
バーの入り口へと足を進めながら言葉を残す。
「えぇ。また、いつか」
「はい。またいつかどこかで」
そんな言葉を交わしながら、炎逸は早々にバーを後にし、自宅へと駆けていった。