コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
メイン赤 サブ青・桃 ノンリアル設定(高校生・友人)
サイド青
「ジェス、一緒に帰ろーぜ!」
終礼のチャイムが鳴ると同時に、俺はいつものように友達のジェシーに声を掛ける。
それに笑顔で応えた。「おう、ちょっと待って」
床に置いていたロフストランドクラッチという杖を手に取り、ゆっくり立ち上がる。
俺はさりげなく手を添える。これも、いつものことだ。
「よっこいしょっと。ありがと」
「うん」
ジェシーの鞄を持つのは俺の役目だ。「うおっ、重いな」
「ちょっと教科書入れすぎたかな?」
「お前、俺に持ってもらうからって詰め込むなよ!」
「AHAHA、ごめんごめーん」
全く反省の気もないその声に、笑いが溢れる。
ジェシーの歩くスピードに合わせると、歩調はとてもゆっくりになる。途中、何人もの生徒に抜かされるが、そんなこと俺らは気にしていない。
でも特に気を付けないといけないのが、階段だ。杖か足を滑らせたら大変だから、横にぴったり付いて、様子をうかがいながら慎重に下りる。
「大丈夫?」
「ぜーんぜん!」
毎日こんな調子で階段を下りるときだけ心配する俺を、『おせっかいだよ』ってジェシーは笑う。
話していたら、ごく普通の高校生に思える。幼馴染だから、普通の親友だとも思っている。
でも本当はちょっと違う。歩くのはみんなよりかなり遅いし、走ることはできない。手も不器用で。相棒は、両手に持つ杖。
『慢性炎症性脱髄性多発神経炎』。
小学生のときに、そうジェシーは診断された。手足の筋力が落ちて、しびれ感などをきたす病気だ。だから杖を使わないと歩けない。
よくわからない長い病名だから、今でも理解しきれていない。
でも小学校から長くジェシーのそばにいると、どんな症状なのかが身に染みてわかってきた。どうやったらフォローできるかも、自然と考えられるようになった。
だけど、毎日ジェシーの若干アメリカンな大きい笑い声を聞いて、くだらない話をして、ほかの友達と同じように接していると病気なんてことを忘れてしまう。
「ねえ樹、どした?」
物思いにふけっていると、隣から声がする。
「ああ、ごめん、ちょっと考え事」
「なんか難しい顔してたよ?」
「ええ? そうかな」
「そうだって。何考えてたの?」
「うーん、…今日の晩飯何かな、とか」
「AHA! 何だよそれ」
「そんな変なこと考えてないから。大丈夫」
「そっか」
ジェシーはふふ、と笑う。
「……ねえジェス、今日空いてる?」
「え? まあ、うん。何?」
「たまにはさ、遊び行こうよ」
「……遊び?」
ジェシーが訊き返すのも、想定内。いつも、長い距離を歩くのは辛いだろうから、一緒に家まで帰るだけでどこにも寄り道したことはないんだ。
「遠出は疲れると思うから、近場でね。俺と一緒なら大丈夫」
「ほんと?」
「大丈夫だよ。高校生活、ちゃんと楽しまなきゃ!」
「えー、行けるかなあ」
不安そうな言葉を口にはするものの、表情はどこか楽しげだ。
「まあ、樹とだったら行きたいかな」
「アハハ、そうなのね。じゃあ行こっ」
いつも使う駅には、大きな駅ビルが隣接している。そこに行ってみることにした。
電車は普段通り、混んでいる。
その中で、一つ空いている席を見つけた。ジェシーを座らせ、つり革を握る。
「たまには座ったらどう?」
気を遣って声を掛けてくれる。ほんと、優しいやつだ。
「いやいや、ジェシー立たせてどうすんだよ」
「へへ、どーも」
その駅は終点だから、ジェシーのペースで降りられる。
「ゆっくりでいいよ」
「うん」
よっこいしょ、といつもの掛け声と一緒に立ち上がり、ホームへ降り立った。
「で、どうやって行くの?」
「お前ほんとに行ったことないんだな」
「だってー」
「まあ俺に付いてきな」
少し歩き、エレベーターで上の階まで上がる。「どこ行きたい?」
「んー、カフェ」
「言うと思ったよ。あ、そこにスタバあるけど」
「おー、行こ」
ジェシーが意外と人の目を気にせずにいることに少し驚く。まあ、大雑把な性格だから細かいことは気にしないのかもしれない。
先にレジに並び、一緒に注文を決める。
「俺はジュースがいい」
相変わらず子どもっぽいところに、クスリと笑みが漏れる。
「うん。じゃあ俺……カフェラテにしよ」
「ええ~飲めるの?」
「飲めるよ、いつも飲んでる」
笑いながらそう返すと、
「そっか。樹はいつも来てるんだ」
突然、ぽつりと呟いた。少し悲しげな横顔に、俺は慌ててフォローを入れる。
「いや、ここでっていう意味じゃなくて、コンビニとかでよく買ってるっていうこと」
「そういうことね」
ケロッと笑顔に戻る。俺はほっと安堵の息を漏らした。
でも、本当はみんなみたいにいつも遊びに行って楽しむことを望んでいるんじゃないか。自分は遊びに出かけられないのを分かっているから、悲しく思っているんじゃないかと考えて、気がかりだった。
ドリンクを渡され、テーブル席につく。
窓際から景色を見ると、空は晴れて眩しかった。
「杖置ける?」
「うん。当たってない?」
「大丈夫」
ジェシーはもともと身長が高く、杖も長いからテーブルの向かいからこちらにも杖がお邪魔している。
「へへ、たまにはこういうのもいいね」
「でしょ? まあたくさん歩くのも大変だろうし、今日はここらへんにしとくか」
「うん」
「……カップ、ちゃんと持ってよ」
相変わらず手元が危なっかしいジェシーに、微笑みながらも注意する。
「AHA、大丈夫だってー」
カフェラテのカップの蓋を開け、口を近づける。コーヒーのほろ苦さと、ミルクの甘さが混ざったような香りがした。
「——熱っ!」
だが、一口飲んだ瞬間、俺は思わず吹き出しそうになる。
「うお、びっくりした。大丈夫?」
「だ、大丈夫。…あっちー」
フーフーと息を吹きかけて冷ますのを見て、「相変わらず猫舌なんだから~」とジェシーはからかうように笑った。
「いいだろ、猫舌でも。悪いのは俺じゃない、カフェラテの温度のせいなんだから」
「AHAHAHA!」
そのいつもの豪快な笑声を聞いていると、楽しんでいるようで連れてきてよかったな、と思う。
支払いを済ませて店を出る。
そのままエレベーターに乗って、駅まで下りた。
「大丈夫? ちょっと疲れたでしょ」
「ちょっとね。でも大丈夫だから」
そう言うが、足取りは行きよりやや重い。「ゆっくり帰ろうね」
いつもの最寄り駅、いつもの帰り道。家が近いから、俺はジェシーのところまで行ってから、自宅に帰る。
「樹、今日はありがとね」
「ううん。急に連れ出して悪かったな」
「全然。楽しかった」
「そっか、よかった」
「じゃあまた明日ねー」
「また明日な」
俺はこのとき、まだ思っていなかった。
毎日何気なく交わしていた、『また明日』の挨拶。
これが、常に当たり前、じゃなくなるっていうこと。
続く