『氷の口づけ ― 続き ―』
「……ねぇ、なんで逃げるの?」
童磨の声は、静かに微笑んでいた。でもその笑顔の奥に、何かが蠢いているのがわかった。
「離れて、童磨……」
「やだよ」
わたしが一歩下がれば、彼は一歩近づく。
逃げ道なんて、最初からない。童磨の屋敷は、まるで氷の檻。外に出ようとするたびに、冷たい指が絡みつくようだった。
背が壁に触れたとき、もう後ろはなかった。
「……はぁ、やっぱり困ってる顔がいちばん好き」
彼が手を伸ばし、私の頬にそっと触れる。
その手は冷たいはずなのに、なぜか火傷しそうなほど熱く感じた。
「ほんとは、怖いんでしょ? 僕が何をするのか、わかんないから」
そう言いながら、童磨は一歩、踏み込んだ。
顔が、近い。目が、合う。――逃げられない。
「じゃあ、もっとちゃんとわからせてあげる」
言葉の直後、唇が重ねられた。
優しい、けれど逃がさないキスだった。
柔らかく、深く、何度も、まるで執着するように。
「ん……や、っ……」
「やだ、まだ終わらない」
キスの合間に囁かれる声すら、甘くて、罪だった。
何度も何度も触れられて、呼吸の仕方も忘れていく。
「もっと君を、僕でいっぱいにしたいんだ。考えることも、感じることも、僕だけにしてよ。ね?」
その言葉が、優しくて残酷だった。
甘い牢獄。それが童磨という存在なのかもしれない。
触れられるたび、知らなかった感情が心を侵していく。
怖い。けど、溺れそうなほど――気持ちいい。
「大丈夫、壊したりしないよ。……君は、僕の大事なオモチャだから」
吐息混じりの声が、耳元で囁かれたとき、わたしはもう、逃げる気力さえ失っていた。