第13話「波の声」
駅から2時間、歩きに歩いた先――
視界が開けた瞬間、そこに広がっていたのは、
朝の光を受けてきらめく青い海だった。
「……ついた、ね」
ひなたの声は、どこか夢の中のようだった。
砂浜の先に広がる水平線。風が、潮の匂いを運んできた。
つかさは何も言わず、ただ海を見つめていた。
無言のまま、防波堤の上に腰を下ろし、深く息を吸い込む。
「ほんとに、来ちゃったんだね……。ずっと、地図の上だけの場所だったのに」
「うん……ここが、終点。誰も知らない、何もない町」
風が強くなり、ふたりの髪が揺れた。
空は晴れていたのに、なぜか心の奥に重たいものが沈んでいる。
「なあ、ひなた」
「うん」
「もう、ここで終わってもいいんじゃないかって、思ってる」
静かな声だった。
「親も、警察も、学校も、世界全部がこっちを否定してくる。
どこまで逃げても、結局、見つかるなら――
だったら、ふたりでここで、全部終わらせても、いいんじゃないかって」
ひなたの胸に、鋭い痛みが走った。
わかる。わかってしまうからこそ、怖い。
「でも……でもさ、ここまで一緒に来たのに、終わりにしちゃうなんて、もったいないよ」
「……そうか?」
「うん。私たちはもう、“逃げてるだけ”のふたりじゃないもん。
ちゃんと選んできたんだよ、自分の意思で。手を繋いで、歩いてきた」
つかさは何も言わなかった。
ただ、じっとひなたの顔を見つめていた。
その瞳に、涙が浮かんでいた。
「……私ね、ひなた。あんたに出会えて、よかったって思ってる。
逃げた先が、あんたでよかった」
「うん、私も」
ふたりは、防波堤の上でしばらく黙って海を見ていた。
波の音が、心の奥まで届いてくる。
どこまでも続く海が、何かを問いかけているようだった。
「……じゃあ、もうちょっとだけ、生きてみる?」
「うん。もうちょっとだけ、って言いながら、ずっと生きよう」
ふたりの指が、ゆっくりと絡んだ。
海の向こうでは、朝の光が静かに差し込んでいた。
風が吹き抜けていく。その音は、まるで海がふたりに話しかけてくれているようだった。
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