第7話:ギフト保持者、来訪
風が、違う匂いを運んできた。
夕暮れの線路跡。かつて電車が走っていた高架下は、今や落書きと瓦礫の静かな墓場だった。
そこに、ユイナはいた。マスクを1枚、静かに手に取る。
6枚目の回収――だが、その瞬間、背後から足音もなく“空気”が変わった。
「……君か。“視える目”の持ち主」
現れたのは、紅いコートを翻す少年だった。
年はユイナと同じくらい。髪は白銀、目は琥珀色。
だが、顔の上には淡い紅蓮のマスクが浮かぶように装着され、瞳の奥にはまったく“揺らぎ”がなかった。
名前は――アヴィ。
ギフト保持者のひとり。通称《焔面(えんめん)の継承者》。
「君の名前は?」
ユイナは黙って構えた。
彼からは、殺意も敵意も感じない。けれど、それ以上に“絶対的な自信”がある。
アヴィが一歩進むだけで、空気が熱を帯びる。
「まだ君は戦う準備が整っていない。だが、ギフトを得る者ならば……ひとつ、見せておこう」
右手が軽く動いた。
その瞬間、空気が爆ぜた。
無音のまま空中に広がった炎が、爆発を伴わず、螺旋状に地面を穿つ。
コンクリートが一瞬で灼け、地面に巨大な紋様が刻まれていく。
それは“言葉のいらない圧力”だった。
ユイナがマスクを起動しようとするよりも早く、周囲の温度は限界を超える。
(動けば焼かれる。跳ねれば包囲される。――距離が……違いすぎる)
アヴィの足元に炎がまとわりつく。
彼のギフト、《ギフト・イグナイト》は、意志を引火させる力。
攻撃だけでなく、“自らの信念”を燃料にして、限界を突破し続けるタイプ。
アクションは派手ではない。だが、一手一手が重い。
防御不能。予測不能。速すぎるわけでも、遅すぎるわけでもない。
――なのに、反応できない。
ユイナが後退し、壁に背中を当てたその瞬間。
彼は、目の前にいた。
「視る目は、強さじゃない。
強くなる覚悟を、“視えたあと”に持てるかどうかだ」
ユイナの右手にかすかな光が集まりかけた。
だが、それはまだ“ギフト”にはなりきれていない。
アヴィはそれを見て、ふっと口元だけで微笑んだ。
「また会おう、未来のギフト保持者」
そして、炎が風とともに彼の身体を包み、消えた。
ユイナはその場に膝をついた。
あまりに格が違った。
スピードも火力も、技術も、すべてを“持っている者”の動きだった。
だが、心の奥ではひとつだけ――静かに火が灯っていた。
(……勝ちたい)
彼に、いつか、“視えたうえで、届きたい”。