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学年主任は、ゆっくりと翠の前にしゃがんだ。
視線を合わせるためじゃない。
上からにならないためだった。
「翠」
名前を呼ぶ声は、驚くほど静かだった。
「ここにいる人たちは」
「もう、“気づき始めてる”」
誰の名前も出さない。
“動画”という言葉も、まだ言わない。
翠の指が、きゅっとシーツを掴む。
「だから、選べ」
その一言で、
部屋の空気が、はっきり変わった。
赫が息を止める。
黄の肩が、小さく跳ねる。
瑞は、何が始まったのか分からないまま、
翠だけを見る。
「…何を、ですか?」
翠は、かすれた声で聞き返す。
学年主任は、少し間を置いて、はっきりと言う。
「自分で話すか」
「それとも、俺が代わりに伝えるか」
その瞬間。
桃の喉が、音を立てて鳴った。
茈は、無意識に一歩前に出かけて、止まる。
───待つ。
ここは、踏み込んじゃいけない。
翠は、顔を伏せたまま動かない。
頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。
(言ったら、終わる)
(でも、先生が言っても……)
(それでも、終わる)
終わる。
“今まで守ってきた形”が。
「……」
呼吸が、浅くなる。
赫は、歯を噛みしめている。
“お願いだから、無理するな”
そう言いたいのに、言えない。
黄は、ただ祈るように、翠を見る。
瑞は、分からないなりに、
異変だけは感じていた。
「……翠にぃ」
小さな声。
「……翠にぃが、選んでいいんだよ」
その一言で、
翠の胸が、きゅっと縮んだ。
学年主任が、最後に付け加える。
「どちらを選んでも」
「守る内容は、変わらない」
「隠すためじゃない」
「守るために、伝える」
翠は、震える息を吐いた。
視線が、桃に触れそうになって、逸らす。
茈を見る勇気もない。
代わりに、赫を見る。
──守りたかった弟。
「……俺が」
声が、ほとんど音にならない。
「……俺が、話したら」
一瞬、間が空く。
「……赫ちゃんは、もう……」
「これ以上、巻き込まれない……?」
その問いに、
学年主任は、はっきり頷いた。
「ああ」
「それは、約束する」
翠は、目を閉じた。
そして──
選んだ。
「……じゃあ」
小さく、でも逃げない声で。
「……俺が……話します」
その瞬間。
赫の胸が、痛む。
黄は、顔を歪める。
瑞は、ただただ、不安になる。
桃は、唇を強く噛んだ。
茈は、目を閉じて、深く息を吸う。
学年主任は、静かに立ち上がる。
「分かった」
「急がなくていい」
「一言ずつでいい」
机の上のファイルには、
まだ、誰も触れていない。
でももう、
後戻りはできないところまで来ていた。
コメント
2件
めっちゃ最高です! 続き楽しみにしてます!