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 私は、よく死にかける。


 好きなものを見て萌えすぎて死にそう、とか。

 宿題が多すぎて死にそう、とか。

 そういうたとえ話じゃなくて、本当の話。


 いつもあと少し助けがくるのが遅かったら、きっと私は死んでいたはずだった。


 二歳の夏。

 私がチャイルドシートに乗っているのを忘れたお父さんが車を置いて仕事に行ってしまった日も。


 三歳の春。

 高層マンションから重いペットボトルが落ちてきた日も。

 その年の冬。

 隠れんぼしたクローゼットで服が落ちてきて、窒息しかけたのも。


 四歳の春。

 流行していたきつい病気で入院したのも。

 その夏。

 とがった柵に倒れかけたのも。

 秋。

 一人でお留守番しているときに、パンを喉に詰まらせてしまったのも。

 冬。

 いとこの家に遊びに行ったときに五歳上のお兄さんに抱っこされて、七階のベランダから落ちそうになったのも。


 それからよくて年に一回、ひどいときだと年五回くらい死にかける。



 ──火事になった家に取り残された、今だってそうだ。



 小野ゆかり、十一歳。

 留守番中にマンガを読んでいたら、外から聞こえた爆発音とともに家が火事になり、逃げる間もなく炎に取り囲まれました。


「……うそぉ」


 逃げ場はない。

 玄関はとっくにごーごーと燃えている。

 裏口から出ようとしたけど、庭の雑草を刈ってたまま放っておいたのが悪かったのかもしれない。

 そこもとてもじゃないけど、駆け抜けられるような状態じゃなかった。


 窓の外も、なんでこんなことになったのか今は真っ赤に燃えている。


「ごほっ、ごほ……っ!」


 煙が目と喉にしみて、呼吸が苦しくて、どんどん体を縮めてしまう。

 なんとしてでもここから逃げなきゃいけないのに、私の体は、言うことを聞いてはくれなかった。


 もしかしたら今度こそ、今度こそ本当に死んじゃうのかな。


 頭が痛くて、眠くて、顔が熱くてたまらない。

 いやだな、死にたくないなって思っていたら、急に目の前に真っ黒い足が現れた。


「……いい加減にしろよクソガキ。何度言えば理解できるんだ? てめぇが、死ぬのは、まだ、ずっと、先だ」


 ピリピリと肌を焼いていく炎を背景に、地獄から響いているんじゃないかと錯覚するほど低い声が聞こえる。

 ボンヤリ見上げた私が目にしたのは、全身真っ黒な男の人だった。

 頭から足まで、全部が黒い。家の中が火事だから逆光になっているのかもしれないけど、私はそうは思わなかった。


 ──私には、真っ黒い天使がついている。


 これまでの経験で、私が絶対の自信を持っているのが、これだった。


 私が死にそうになっているとき、必ず私のところにやってきて助けてくれる、顔もない真っ黒な男の人。

 だけどお父さんやお母さんはもちろん、ほかの人にはこの人の姿が見えてないらしい。

 この人が来るとどんなに暑くても苦しくてもスッと楽になる。

 気がつくとみんなが泣きながら私を抱きしめて、生きててよかったって喜んでくれる。


 あんまり私が死にかけるもんだから、もしかしたらゆかりには悪い霊に憑かれてるんじゃないかって言われたこともあったけど──

 むしろいつだって助かってるんだから、天使が守ってくれてるんだよって反論した。

 真っ黒天使はとっても口が悪いけど、私のことを守ってくれているんだって、信じてる。


 だけど。


「いいだろう、そんなに死にたきゃ一度マジで死ね」

「え?」


 とんでもない言葉が聞こえた。

 え、なんて言ったのこの人。


 一度? え?

 聞き間違いだよね?


「何度も生き返らせてやったがもう疲れた、もううんざりだ。だからゆかり、お前は一回死のう」


 もう一回聞こえた! 聞き間違いじゃない!!


「死のうってそんな、簡単に言うけど……!」

「それで、運命の神のところに行くぞ。お前の寿命について問いただす」

「はい!? わ、嘘、ちょっとまって……!」


 ものすごく疲れた顔をして言い放った真っ黒天使さんは、私をひょいっと抱えて浮き上がってしまった。

 え、まって、本当にまって!?

 私、クラスではそれなりに体重あるほうだと思うけど!? 重くないの!?

 いやそれ以上に、お父さんやお母さんにも遠くに行くこと言ってないし……!


 死にたくも、ないし!!


「か、神様に寿命のことを聞くってどうして……! って、あの、その前に死んで……!? というか、何度も生き返らせてやったってあの、どういう……!?」


 聞きたいことがありすぎて、うまく説明ができない。


 真っ黒天使さんごめんなさい、私あんまりかしこい子じゃないんです。

 頭がいっぱいになると、きちんとした説明とかできなる子なんです!


 そんな私を、真っ黒天使さんはふんと鼻を鳴らして見下ろした。

死神さんの養女です。魔法の薬屋やってます

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