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55話のキールが頬を赤くされた理由が明かされます。
その理由とは… ふたりになにがあったんでしょうね。
♡
砦の責任者であるシャムロック様が、砦で1番良い部屋をわたしを案内してくださるとのことだが、先ほどから老騎士とは思えないその筋肉質な身体を少し丸めて小さくなりながら、「1番良い部屋」について一生懸命に言い訳めいたことを口にされる。
「砦では1番広い部屋」
「朝日が素晴らしい。とても眺めが良い」
「たくさん動物がいるんだ」
ん?
聞き逃しそうになったけど、最後の言葉は聞きづてならない。
動物がいるの?
しかもたくさん?
何事かと思ったが、なるほど。
扉が開いた瞬間、侍女とふたりで息を呑んで凍りついたように固まった。
護衛として一緒に部屋まで来てくれたキール様も後ろで息を呑んでいる。
確かに1番良い部屋だと思う。
ここは砦だから豪華さは全くないけど、とても広く眺望が良いのは聞いていたとおり。
家具だって、流行なんて関係ないずっしり重厚な古い伝統家具が置いてある。
でも、牡鹿のヘッドオブジェが壁に隙間なくめいいっぱい並んでいる。
そして熊、鹿、たぬき、アヒル…みたことのないような動物の剥製までもがずらりと並んでいる。
口をクワッと開けて、目をひん剥いたようなものもある。
ど…動物園、いや失礼しました。
さながら、博物館のようですね。
「シャムロック様、後でこの剥製は少し動かしても良いですか?」
キール様が気を利かせて聞いてくれる。
「もちろんです。他の部屋に移動させることは不可能ですが固定されていないものでしたら、部屋の中で自由にされてください」
シャムロック様は非常に申し訳なさそうな顔をされた。
部屋のソファに座りながら改めて「動物達」とご対面する。
きっと今までの狩りの成果を飾ってあるのね。
ニコラシカの豊かな自然と逞しい人々の様子が伝わってくる。
こんな逞しい人々の領地に戦争を仕掛けていたなんて、父はなんて馬鹿なのかしら。
本当に「戦鬪狂」だわ。
先ほどからキール様が動かすことのできる剥製は視線が壁の方に向かうように作業をしてくれている。
わたしが眠る時にこれでは落ち着かないだろうという配慮らしい。
全く、キール様はいつも優しい。
わたしがこの3年間、敵国の姫にも関わらず何事にも巻き込まれることなく、学園でも友人に恵まれたのは、キール様がわたしの知らないところで、懸命に心を砕いてくださったと気づいていますよ。
貴方はわたしが学園に馴染めるようにとわたしが不在の時を見計らって、「学問を学ぶ者にとって敵も味方もない」と学園のみんなの前でお話しをされたこと。
仲良くなった友人に内緒で教えてもらいました。
暗殺者に狙われた時もわたしが狙われていると気づかないようにと守ってくださっていましたよね。
いざ、暗殺者と揉み合って怪我をされた時には、わたしが無事で良かったと微笑まれた。
わたしはいつしかそんなキール様のことが好きになっていました。
こんなキール様に惚れないなんて選択肢はわたしにはなかったです。
だから…
「パナシェ姫様、私は少し水をもらいに行ってきますね。キール様、少しの間だけ姫をお願いします」
長年、わたしに仕えてくれている侍女が気を利かせて部屋を出ると、キール様とふたりきりにしてくれた。
先ほど、カーディナル兄様やニコラシカのギブソン殿下やクリス殿下達、そしてシャムロック様とキール様でいろいろと今後のことを話し合い、わたしは明朝にカーディナル兄様とマッキノンに一時帰国することになった。
わたしが帰国をしたら、キール様はわたしの護衛の任を解かれて、クリス殿下の側近に戻られるようだ。
もう会えなくなる。
今夜がキール様と過ごせる最後の夜。
それなのに先ほどから、キール様は動物の剥製を動かしてばかり。
今夜はわたしだけを見て欲しいのに。
「キール様、もう動物の剥製とは視線が合わないから大丈夫です」
キール様が作業の手を止めて、やっとわたしを見てくださる。
そのわたしに向けてくださる優しい瞳、少し低い声、すべてが欲しい。
「でも、あともう少しで全部…」
キール様が言い終わらないうちにわたしはキール様に勇気を出して抱きついた。
からだを硬くし、キール様がすごく驚かれたのが顔を見なくてもわかった。
「キール様がこうして、貴方の胸にわたしを隠してくださったら、わたしは大丈夫です」
抱きついたままのわたしをどうしたら良いのか、なにかと葛藤しているキール様。
少しの沈黙のあと、キール様が小さな深呼吸をされた。
「パナシェ姫、このままだと私は貴女のことを離せなくなります。どうか、どうか…離れてください」
「いやです。わたしはキール様が好きです。わたしを手離さないでください」
キール様が一瞬息を止めた。
「パナシェ姫、どうなっても知りませんよ。俺は我慢しませんよ」
そう言われたかと思ったら、キール様の腕がわたしの背中に回りギュッと強く抱きしめられた。
「愛しています」
キール様がわたしの頭の上に優しいキスを落とす。
「パナシェ姫の『好き』より俺の愛は重いですよ」
次はわたしが固まってしまった。
そんなわたしを見てクスッと微笑みながら、わたしの唇にキスをするキール様。
その瞬間、わたしは明日マッキノンに帰国しないことを心に決めた。