「っていうか、貴女たち! 麻莉彩に対して接見禁止が出ているはずでしょう? 何で喧嘩を売ってくるの?」
亜美が接見禁止! と威嚇すれば、更に周囲がざわついた。
女性が女性に対して接見禁止処分がなされるのは、とても珍しいのだ。
今までのやり取りで麻莉彩に非がないのは十分理解できていた周囲も、法律の決定がなされている以上、どんな理由があっても麻莉彩の味方をすると決めたのだろう。
中にはメールや電話をし出す者も現れた。
「お三方が、屑の性根を存じ上げないから! 私たち三人は貴女方のためを思って! あえて! 接見禁止を破ったのです!」
ここにきてようやっといじめの中心人物だったらしい雲母愛魅≪きららあいみ≫が自己弁護を始める。
しかも格上すぎる相手に恩着せがましく訴えるという最悪の弁護だった。
「麻莉彩は私たち三人の友人なの!」
「遠くはない未来に親友になる予定もあるわ」
「そうですわねぇ。最終的には心友になりたいものです」
友人はいた時期もあった。
あれはたぶん友人だったのだろうと思う、程度でしかなかったが。
親友はいない。
心友とかラノベでしか出てこないものだと思っていた。
「お優しい方々ですから致し方ないと思われますが。そんな屑を相手にすると品位が落ちますわ!」
「品位のない方に言われましても……説得力がありませんよねぇ」
にっこりと微笑めば紗枝の妖艶さが増す。
所謂女の色気を前面に出して、女を黙らせる艶やかさの凄まじさは、リアルで目にしないと信じられないレベルだろう。
ほとんどの女性がうっとりと紗枝に見とれている。
勿論自分もその一人だ。
「もう一度だけ言うね? 私たち三人は麻莉彩の友人なの。こちらから望んでそうなったの。さすがにこの意味はわかるよね?」
「夫たちも了承済みですのよ? 凄く喜んでいましたわ」
「パーティーで一度紹介されただけだったらしいけど。妬けるくらいめろめろだったわ。あ! 今度三人の夫も同伴でディナーに行きません?」
「夫の許可がでれば喜んで伺います!」
相手がこの三人であれば、夫はきっと珍しい快諾をするだろう。
「こんな屑を妻に迎える夫なんて!」
「どうせ、屑に決まってますわ!」
「御薬袋に弱みをつけ込まれたんですわ! ええ! 間違いありません! 同情すべき屑ですね!」
私だけならどうでもいいが、夫までを侮辱する相手に黙っているのも業腹だったので、なめらかに全否定をする。
「御薬袋とは絶縁していますの。夫を屑とおっしゃるのなら、その屑に教えを乞う貴女方を何とお呼びすればよろしいのかしら?」
「はぁ?」
「えぇ?」
「ふんっ! 何を馬鹿なことを言っているの! さすがは屑ね!」
「いい加減、私の最愛を屑呼ばわりするのは止めていただきましょうか」
モーゼの十戒のように人の波が割れた。
目が離せなくなる典雅な雰囲気を纏った夫がゆったりと歩いてきて、優しく私の腰に腕を回したと思ったら、額へキスをしてきた。
きゃあああ! と品の良い奥様たちの声とは思えない、黄色い悲鳴が上がる。
紗枝さんはどこに置いてあったのか本格的なカメラを構えており、亜美は羽の生えた白猫のストラップがついた、桃色の携帯で連写をしており、優貴は大手メーカーの最新デジタルカメラで動画を撮影していた。
「たかひと、せんせ?」
「何度でも繰り返して申し上げますが、私をたかひとと呼んでいいのは妻だけです」
「本当に、せんせの、おくさんなの?」
「せんせ、という表現も不愉快です。先生、ときっちり発音しなさい」
「うそっ! うそよっ!」
「本当です。こちらが婚姻届のコピーになります」
夫が胸ポケットから四隅を揃えて折り畳まれている婚姻届を広げる。
三人は、ぱかーん! と大口を開けた。
「では、皆さん! 講義を始めたいと思います。五人のグループに分かれてください。妻は穂河さんに任せてよろしいでしょうか?」
「光栄ですわ」
「そこの三人は、三人だけでお願いします。念の為に聞きますが、どなたか彼女たちと組みたい方はいらっしゃいますか?」
首を振る方、手を振る方、肩を竦める方、三人を否定的な眼差しで凝視する方々。
誰一人として同じグループに所属したい女性はいないらしかった。
「穂河さんたちのグループはこちらに。三人は一番奥のそちらでお願いします」
「せんせ! ひどっ!」
夫に駆け寄ろうとするも、見事な女性バリケードができていて許されない。
冷ややかに見降ろされて、手首を掴まれて、あるいは突き飛ばされるようにして、挙げ句は蹴られて所定の位置へつかされた。
酷い対応だったというのに、夫を含め誰一人として止める者はいなかった。
「さぁ、ゆっくりと召し上がってください」
教えるのが上手すぎる夫の説明は解かりやすい。
特に目立った失敗をしたグループはいなかったようだ。
何時もなら終了後の質問が相次ぐのかもしれないが、今日は私に遠慮しているらしく、夫に私、既に友人認定された三人のテーブルへ足を運ぼうとするのは、間抜けとしかいいようがない例の三人しかいない。
だが、その三人も強引に自分たちの席へつかされて、渋々、辛うじて失敗にはならなかったデザートを口に運んでいる。
「柊先生。もしかして、今日の飲み物は麻莉彩さんがいらっしゃるから決められたメニューではありませんか?」
飲み物はスイート・マリア。
アマレットのリキュールと生クリームをシェイクした、比較的簡単なカクテル。
味わいは優しく、乳白色の色合いが何とも表現しにくい、温かみを与えている。
デザートの飲み物としては甘めかもしれないが、相応しくもあると思う。
「わかりますか? 麻莉彩は私の永遠の聖母ですから」
「すいーとなマリア様!」
「柊先生にだけ優しいマリア様!」
「……貴女方にも多少であれば優しくあっても良いと思っていますよ」
「ふふふ。嬉しいですわ」
置いていかれている気がするが、癇には障らない。
目の前のデザートを攻略する方が先だろう。
何しろ皆、楽しそうだ。
私はしばし迷い、チーズスフレに手をつけた。
十センチ程度のココットに入っているスフレは、型から取り出せないくらいにやわらかい。
中央をこつんと叩いて崩し、スプーンを入れると一杯目を掬い上げる。
湯気が立っているので、軽くふーふーと息を吹きかけてから、口に入れれば、すうっととろけてしまった。
口の中に残るチーズの香りと温みがなければ、食べたのを疑う秀逸の口どけだ。
「私も良く美味しそうに食べるって言われるけど! 麻莉彩はそれ以上かも!」
「もしかして柊先生、餌づけしていらっしゃいません?」
「それにしては、麻莉彩さんの手際はとても良かったですねぇ」
「……んっ、くっ。料理は私もしますよ。でも主人の方が上手なだけです」
「麻莉彩の腕前はなかなかのものですよ? 今度家でティーパーティーでもされては如何でしょう?」
夫の有り得ない発言に瞬きを繰り返す。
三人は同時に頷くと即時スケジュールの調整を始めた。
「……喬人さんも参加するの?」
「いいえ。たまには女性だけのティーパーティーというのも良いのでは?」
「私は嬉しいけど……」
ここまで、許されると何か裏があるのかと勘繰ってしまう。
どんな裏でも夫が、自分のためにならない何かをするわけもないのだが。
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