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「見るんじゃなかった」
SNSなんかチェックして、ずっと後悔している。
23時過ぎの深夜。
よく通るオフィス街の裏路地にある雑居ビルの地下に、こじんまりしたバーがある。
うちの会社に近いのに穴場だから同僚とよくここで飲んだりしたし、彼氏も連れてきたことがある。
けれど、今日はひとりだ。
カウンター席に座っているとなんだか店が広く感じる。
こんなにアルコール度数の高いカクテルは今まで飲んだことがないけど、今日は特別酔いたい気分だから。
石巻紗那、28歳。
婚約者に浮気されました。
スマホを何度もスクロールしながら見たくもないものを目にして酒を飲んでいる。やめておけばいいのに、イライラしながら見てしまう。
【レストランデート♡】
【バースデープレゼントをもらったょ♡】
【クリスマスにカレにもらったイヤリング♡かわいいでしょ】
わざわざ白く補正してきらきらラメで加工して、カレシの一部とともにSNSに写真をアップしてたくさんの♡をもらってコメント欄には「素敵な彼氏ですね♡」だって。
「それ、私の彼氏なんだけど……」
わかっている。この女はわざと私にわかるように、彼の腕とか彼の服装の一部を写真に入れている。
匂わせどころか、挑発だよ。
「いいのよ別に。くれてやるわ、そんなやつ」
ぐいっと飲み干したら、ふわっとした感覚になった。
やっぱり強い酒はいい感じに酔えますね。
「そんなに速いペースで飲むと酔いがまわるよ」
見知らぬ男が話しかけてきた。
他に席が空いているのにわざわざ私のとなりに座っているということは下心ありありですね。
「大丈夫です。お気になさらず」
そっけなく返すと意外な返答をされた。
「気になるなあ」
「はっ……?」
「こんなに綺麗な女性がこんな深夜にひとりなんて何かあったとしか思えない」
カウンターテーブルに肘をついて両手の指先を組んでいる男は私のほうを見てにっこり笑った。
悪くない。ビジュアル的には最高だ。
けれど、傷心な上に酔っているから10割増しに見えるだけかもしれない。
「まあ、ありましたけど……」
じっと見つめられるから少々警戒しつつ、目線をそらしながら言った。
すると男は待ってましたとばかりに返答。
「彼氏に振られたの?」
「っ……!」
ぎくりとしたが、振られたわけではない。むしろ、これから私が振ってやるつもりなのだから。
「だいたいこんなところでやけ酒している女性は彼氏と何かあったか、仕事で失敗したか、選択肢は限られてくるよね」
「……そうですね。で、あなたはなぜおひとりで《《こんなところに》》?」
見透かされるのが嫌なので、嫌みっぽく返してみたら、彼はまったく動じることなく返した。
「今夜、ここに来なければならないような気がしたんだ」
私から視線をずらし、真剣な面持ちでそんなことを言い放つ彼に、警戒心が倍増した。
あ、やばい。この人、痛い人かもしれない。
経験上、顔のいい男はだいたい性格に問題があるって、嫌というほど知っている。
「一緒に飲まない?」
完璧すぎる笑顔にやられてしまった。
警戒心が急速に減っていく。
どうせ、今夜だけの付き合いだ。
二度と会うこともないだろう赤の他人だから。
同じカクテルを彼が注文して「乾杯」とグラスを当てたときに、ふわっと柑橘系の香りがした。
爽やかなのにどこか強烈に惹きつける不思議な香り。
これ、どこかで……。
とは思うものの、頭がまわらず思い出せなかった。