身体に意図的な傷があるところを見られた。母は僕の前にしゃがみ込み、腕を振り上げた。
「苛ついても殴ってない!塾には行かせてやってる!ご飯も掃除もなんでもやったってるのにまだ何が欲しいねん!今までなんでもしたってるのにこれ以上に何が欲しいねん!!」
「ママが今までどんな気持ちであんたのこと育ててたと思う?私のときやったらなあ、こうやってっ。殴られててんで!なあ!殴って欲しいんか!!私があんたのこと甘やかし過ぎたんやな。ママのせいやねんな!全部私が悪いんやな!」
「私の時はいっつも殴られててんで!!なあ、もっと厳しくすればよかったんかなぁ?私の育てかたが悪かったんかなあ?私があの時してほしかったこと全部したってるっていうのにこれ以上に何が欲しいねんっ!!」
僕が今までに感じていた母の姿は、僕の理想をかざした姿だったのだな。ここにある言葉こそが母が常日頃僕に感じていた、核心に近い母のリアルなのだろう。
母から見たその時の僕の姿は実に滑稽だっただろうな。
目は母を真っ直ぐに捉え、僕はきょとんと呆けた顔で叩かれ続ける。
拳を強く握りしめ、殴られる痛みを母は知っているからだろうか、手首で僕を叩き続けた。
僕の身体が面白くも左右に反動し続ける。
僕の見ていた母は母じゃなかったらしい。
ごめんなさい。僕がちゃんとしてなくてごめんなさい。ごめんなさい。
僕がママを助けなくてはいけない。
ママは過去に辛い経験をしたことがある。
僕はママを幸せにするために産まれてきたんだ。
僕はママのために存在するんだ。
これは、僕が小さい頃からずっと頭の中で繰り返している呪文である。
いつからだろうな。いつの間にか。
「言ってくれんと分からへん。…あんな、正直に言ってくれへんとママ分からん。ママ死んだ方がいい?この家から出ていって欲しい?どうなん」
「ママいつでも死んだるよ。」
勉強をする気力がでない。よりよい将来のため勉強しないといけないのに。
自分の幸せのためにっていうのは一体どういう意味なんだろうな、そんなものでモチベは上がるものなのか?
ママを幸せにするといえば、お金を稼がなきゃいけないのにな。
「ひろくんはひろくんのしたいことをすればいいんやで。行きたい就職先に就けばいいんやで」
「ひろくんはいつも勉強頑張ってる」
「ひろくんが好きな人と結婚して子供が産まれたらこの家に住み。私おったら子供を育てる負担も少なくなるしな。」
「ひろくんが幸せやと私も嬉しい。自分のやりたいことをするんやで。」
いまいちその言葉の意味を理解できない。
いいお母さんじゃないか。
…そうだよな。僕は幸せものだ。
僕はどこ?
[“ママ”は腕に軽い傷跡を残し、風呂場で☓を吊☓☓☓☓でいた。]
僕に見せつけたかったのかな。
[僕は風呂場で首を☓って殺されていた。]
(自己の投影)
母が消え、僕は役目を終え消えるはずだった。
しかし、何故かだらだらと息をしていた。
父が戻ってきた。
新しい”お母さん”が付いてきた。
その人達への興味は微塵たりともないのでどういった暮らしを送っているのかは数分ごとに記憶にない。
強いて言うなら部屋が煙草臭いので家に居たくない。ご飯を温めようとレンジに麻婆茄子を入れてみると、白い煙がもくもくとあがったもんだから慌てて取り出してみると煙草の匂いが充満していた。
中にそれらしきものが見当たらなかったので、気の所為だと思いそれを食べる。思い込みのせいなのか、口に煙草の匂いが広がり、吐き戻してしまった。くちゃくちゃとした肉と油の感触を思い出し、口を強くゆすぐ。
「ぶぇ…う…え……。」
白く濁る鏡に僕の顔が辛うじて映る。
「…”道浦ひろ”って言うのか僕は…。僕は道浦ひろって言うのか。僕は道浦…ひろ…。うっ…ぶぇ。うえ…。気持ち悪い…はあ…。」
“神代楓果”…。きっと彼女なら僕を…。
彼女は中学時代飛び☓りたことがあるのだとか。
そして”ある噂”……そっか。
不器用に頑張って生きるその姿に僕は惚れた。
可愛い。
これは男の性だな。どうしても下心と感情とが結びついてしまう。
身体がだるい。
「へへ…。あー。僕は君に会うために産まれて来たんだなあ。」
いつになく静かな空間で、赤く肌に貼り付いた服を脱ぎ、床に落す。
身体についたものだけ流して直ぐに新しい服に着替えよう。
光をきらきらと反射する温かい水を顔に浴びながら僕は好きな人を愛するという幸福を噛み締めた。こんなにも自分を好きになれるんだな。
僕を見つけてくれてありがとう。楓果。
明日また君に会いに行くよ。
君を見つけてあげるよ。
玄関の開く音がした。そういえば、遺体はちゃんと隠していたっけ。
コメント
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執筆お疲れ様です🙇♂️ お母さんの怒涛の関西弁に圧倒されました。 ひろくんが、何かを感じ取っているのだろうけれど、何処か無表情で 言葉では言い表せないほど複雑な気持ちになりました。 最後らへんの表現もまた良かったです😭
🙏