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その頃岩崎家では──。
腕組みした京介が玄関先に立っていた。
「父上。夕飯までには帰るって言ってたでしょ?」
「……遅い!」
「いや、まだ日は暮れていませんよ?」
不機嫌極まる京介を京太郎が眺めている。
「というか、何も玄関で待ち構えることないですよお」
「京太郎!お前はわかってないのだ!男と二人きりだぞ!」
「いや、見合い相手だし、昼間だし、なんか考えすぎですって……」
京子の帰りをひたすら待つ父京介に、京太郎は呆れていた。
そもそも、二人きりのデートに付きそうような事をして邪魔立てしたのだ。いい加減引いてもよいだろうにと京太郎は思っていた。
「あれ、あっ、帰ってきた」
京太郎が、恒彦と京子が乗った人力車を目ざとく見つけた。
「ふ、二人で乗っているとは!」
京介の眉が吊り上がる。
「送ってきてくれたんだから、そうなるでしょうがぁ」
京太郎が、怒る父京介をたしなめる。
何が問題だというのか。そう言いかけた所へ人力車が速度を緩め止まった。
「あっ、只今戻りました」
恒彦が、人力車から降りると律儀に礼をして京介へ言った。
「あー、なんか、家の中で待てなかったようで……」
京太郎が、この状態を説明しようとする。
「……もう、お父様……」
過剰な父の行動に、京子は顔から火が出る思いだった。
「……遅かったな」
京介が嫌みったらしく言った。
「おっ!帰ってきたかい?!」
「活動写真でも見て来たのか?」
二代目と中村が、顔を覗かせている。
京介の剣幕があまりのものだったので、フルールから皆で家へ連れて帰ったのだと、二代目が呆れながら恒彦へ告げた。
「やっかいな親父に当たったなあ。岩崎は、融通が利かないんもんでねぇ」
中村も、恒彦へ慰めのような言葉をかける。
「申し訳ございませんでした。少し京子さんとお話したかったもので……勝手なことをいたしました」
恒彦は、深々と頭を下げた。
「いやいや、フランス行きの兄さんは悪くねぇだろう?!」
「そうだ!謝ることはない!」
二代目と中村が、恒彦を庇う。
「あっ!お茶でも!こんなところで立ち話もなんですし!」
京太郎が気を利かせた。
たちまち京介が、何かいいたそうに京太郎を見る。
「……父上、まさか、白井様を追い返すんですか?茶の一杯も出なかったと噂になりますよ」
「な、何を。私は……」
京太郎に突っ込まれ、京介は慌てふためく。
「まあまあ、遠慮はいらないよ。大家も許す!」
二代目が、恒彦へ手招きする。
「……茶でも飲んで行きたまえ……」
京介が、渋々言った。
「では、少しだけお邪魔します」
朗らかに受ける恒彦を二代目と中村が招き入れる。
「いや、お前たち!ここは私の家だぞ!」
不機嫌な京介へ
「細かいこといわねぇ、いわねぇ」
と、二代目が切り返した。
「京子ちゃん、楽しかったか?」
中村が京子へ問うた。
「はい!」
勢い返事した京子は、しまったと口元を押さえる。
明らかに機嫌悪い父もだが、恒彦本人の前だった。
皆の手前、恥ずかしくなり、京子は逃げるように家へ駆け込んだ。
「京子、白井様の前だぞ!」
京太郎が、からかう。
「お、お茶の用意です!」
「まったく、落ち着きのない!」
すかさず京介が言った。
「はあ?どの口が言ってんだか」
二代目が呆れ返る。
恒彦は、ひたすら笑いを堪えていた。
「皆さんお集まりでしょ?お酒のほうがいいかしら?」
出迎えた月子が、恒彦と京介を伺っていた。
すかさず、
「月子ちゃん気が利くねぇ」
そうしてくれよと、二代目がしゃしゃり出る。
そのやり取りに恒彦は、声をあげて笑ったが、すぐに京介の視線に気が付き小さくなった。
「まあ、いいじゃねえか。フランス行きの兄さん、いける口なんだろ?」
二代目が恒彦を居間へ誘う。
「どうぞご遠慮なく」
月子が優しく微笑んでいる。
「申し訳ありません。いきなり押しかけてきたみたいで……」
恐縮する恒彦を二代目と中村が、引っ張って行く。
こうして、いつものように、宴会が始まった。
「急だったから、何もないですけど……」
月子が申し訳無さそうに、料理を運んでくる。その後ろから、京子が徳利を盆に乗せてやって来た。
「母上!もう座っていてください!運ぶだけなら京子と俺でやります!」
京太郎が腰を上げる。
「それじゃあ京次郎ちゃんを太一ちゃんのところから連れて帰ってきてくれる?」
近所の幼馴染の家に遊びに行っているのだと月子は言った。
「はい!行ってきます!」
京太郎は京次郎を迎えに、そして、京子は、物欲しげな二代目へ酒を渡して他の料理を取りに台所へ戻った。
「あ、どうかお構いなく」
忙しく動く月子たちを見て、恒彦はどこか落ち着かない素振りを見せる。
「ああ、この家では遠慮はいらねえよ。ところで、京子ちゃん、まだ若いのに働き者だろ?良い嫁さんになるぜ」
受け取った盆を置き、徳利を手にしながら二代目が恒彦へ酒を勧めた。
「……そうですね」
ぽつりと言う恒彦へ、京介が渋い顔をする。
「娘が褒められてんだからいいだろうが?!」
中村が京介へ物申す。
「そ、そういう問題では……」
などと京介は言い渋り、間が持たなくなったのか、出されている芋の煮っころがしを一つ摘んだ。
その頃台所では……。
「お母様……白井様に便箋と万年筆を買って頂いたの……」
「あらまあ。よかったわね。京子ちゃん」
ぬか床をかき混ぜながら月子は優しく言った。
「……でね……フランスへお手紙書くことになったんだけど……な、何を書けばいいかしら……」
真っ赤になりながら、真剣に問う京子に、月子は目を細めた。
「お母様は、お父様とお手紙のやりとりはしたことないから良くわからないけど……京子ちゃんが楽しいと思った事を書くのはどうかしら?」
「……楽しい?」
「ええ、楽しいお話は誰でも嬉しくなるものでしょう?異国の地で、白井様も心細くなるはずよ……」
母月子の言葉に、京子は考え込んだ。言われてみればそうかもしれない。
始めて異国の地に赴任するのだ。不安もあるだろう。もしも、手紙で励ますことができるなら……。
「京子ちゃん、そこのコロッケも持っていってくれる?」
月子が、ぬか床から取り出した大根を切りながら言う。
「あっ、はい」
返事をし、大皿に乗ったコロッケを運ぶ京子の足取りは、どこか軽く弾んでいた。
コメント
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うわあ、今回もにぎやかで温かい回でしたね🤍 京介さんの玄関前待機、完全に過保護すぎて笑っちゃいました(笑)でもああいう父親の不器用な愛情、じんわりくるなあ。恒彦さんが笑いをこらえてるシーン、すごく好きです。そして最後の台所の母子のやりとり……京子さんが「何を書けばいいかしら」って照れながら母に相談するところ、もう本当に可愛くて!足取りが軽くなる描写に、こちらの心も軽くなりました。