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先程から、恒彦はコロッケにばかり箸を伸ばしていた。
「美味いなぁ。このコロッケ。皆で囲む食卓だからよけいなのかなぁ。
帰りが遅いので、一人での食事が常なんです。こういうの、なんだか嬉しいなあ」
ろれつが回らない恒彦は、楽しそうに言った。
「フランス行きの兄さん、こっちも忘れちゃいけねぇよ」
すかさず二代目が酌をする。
「……京子、白井様は大丈夫なのか?」
だし巻き玉子を頬張りながら、京太郎が心配そうに言った。
「うん……」
京子も戸惑いながら、恒彦を見る。
「大丈夫ですよぉ」
本人が、にこにこと答えた。
「ほら、大丈夫じゃないか」
二代目が笑う。
「いや、本人が言ってるだけでしょうが」
京太郎が呆れる。
「でも、本当に嬉しいんですよ」
恒彦は、またコロッケを箸でつまんだ。
「こうして皆さんと食事をして……京子さんとも一緒にいられて」
「白井様!」
京子が慌てて声を上げる。
「……なんです?」
「いえ、その……」
「今日は楽しかったなぁ」
恒彦は、京子の慌てる顔を見て、嬉しそうに笑った。
「ねえ、京子さん?」
「……はい」
「僕、フランスへ行ってもお手紙書きますからね」
「……!」
京子の顔が、みるみる赤くなる。
「おい、白井君!」
京介の低い声が飛んだ。
「はい?」
「……飲み過ぎではないか?」
「そうですか?」
恒彦は首を傾げた。
「まだまだ飲めますよ」
「そういう意味ではない!」
「まあまあ、岩崎。今日はめでたい酒じゃねえか」
二代目が笑いながら、また恒彦の杯を満たした。
「ありがとうございます!」
「なあ、岩崎。この見合い、決まったようなもんだな」
中村がしゃしゃり出る。
「な、何が決まったんだっ?!」
京介は中村へ掴みかかる勢いで怒鳴りつける。
あまりのことに、京次郎が食べていたコロッケを卓に落とした。
「あー、父上、怒鳴らないでくださいよ。京次郎がびっくりしてるじゃないですかー」
「な、なんだ。京次郎、ちゃんとしなさい」
「えっ?!父上!京次郎に当たるんですかあ?!」
「いやあ、それは筋違いですよお、お父様」
ねぇと、京子へ同意を求めつつ、恒彦が割って入る。
「お、お父様?!」
京介の声がひっくり返った。
「京子さんのお父様だから、お父様です」
ハハハと、恒彦は笑うと、これも美味そうだとだし巻き玉子に箸を伸ばした。
京介は、呆然と恒彦を見つめている。
「まあまあ、いいじゃねぇか」
二代目が、面白そうに笑った。
「もうすっかり岩崎家の婿さんみてぇだ」
「二代目!」
京介が睨みつける。
「だってよぉ」
二代目は悪びれもせず、恒彦の肩を叩いた。
「こんだけ飯が美味いって喜んで、酒まで飲んでくれりゃあ、もてなした甲斐があるってもんだぜ?」
「また来てもいいですか?」
恒彦は嬉しそうに言う。
「もちろんだ!」
中村が即答した。
「おい!」
京介がまた声を荒らげる。
「父上、もういいでしょう」
京太郎が呆れ顔で箸を動かしている。
「白井様、酔っ払ってるんですから」
「酔っ払ってませんよぉ」
恒彦はそう言いながら、だし巻き玉子を口に運んだ。
「……ただ、今日は本当に楽しいんです」
その声だけは、少し静かだった。
「京子さんと出かけられて。それに……こうして皆さんと食事もできて。フランスへ行く前に、いい思い出ができました」
一瞬、居間が静かになった。
「だから、京子さん」
恒彦が箸を置く。
「は、はい」
「お手紙、待ってますからね」
「……はい」
京子は小さく頷き、さっと俯いた。
その横で京介だけが、納得していない顔をしている。
「……フランスなど行かなければ、毎週京子さんとも会えるのにな」
言って恒彦は、ぐいっと酒を流し込む。
この発言に、京子は真っ赤になる。皆は、二人の様子に目を見張った。
「なんか、いい雰囲気を超えてるよな……」
中村が、チラリと京介を見た。
何か言いたいが言葉が見つからないと、京介は、慌てふためいている。
「申し訳ありません!遅くなりました!」
玄関から声が聞こえ、廊下をパタパタ歩む音がする。
息を切らせたお咲が、ひょっこり顔を覗かせた。
「月子様!夕飯の準備大丈夫でしたか?!」
「お咲ちゃん。大丈夫よ。今日はコロッケ。余分に作ってよかったわ」
月子が、酒が回った男たちを眺めながら笑った。
「あーー、また宴会が始まったんですね、というか……月子様?」
お咲は、見知らぬ男がいると、恒彦を凝視した。
「ああ、こちらは、白井様。京子のお見合い相手よ」
まあ、とお咲が驚く側から恒彦が叫ぶ。
「わあ!花園咲子だあ!!」
そして、立ち上がるとお咲に近寄り手を握った。
「今日、白木屋で拝見したんです!!握手してください!」
「白井君!」
京介の激が飛ぶ。
「君!京子の前でお咲の手を握るのとは何事だっ!」
「……何事も何も……。父上、白井様は、お咲と握手してるだけでしょうが」
「それだ!それ!」
京介が、真っ赤になって叫んだ。
「いや、岩崎。お咲は、花園咲子であってだな。人気歌姫なんだぜ?握手ぐらい求められるだろうが?」
「というか、父上も、若い女性に握手求められてたじゃないですか?」
「それは、贔屓《ファン》だからであって……」
「ですから、白井様もお咲ちゃんの贔屓《ファン》なのでしょう」
言い淀む京介を月子がなだめた。
「やれやれ、婿さんも大変だなあ」
二代目が恒彦を見る。
「まったく、先が思いやられるなあ」
中村も呆れている。
「あの、そろそろ離してもらえたら……」
お咲が、場の雰囲気に弱りながら恒彦へ言った。
「あ!これは失礼しました!でも、ほんとだったんだ!花園咲子が、岩崎家の女中だったなんて!」
恒彦は、お咲から手を離すが、ご機嫌な様子は変わらない。
「あ!着替えてきます!お酒足りないですよね。二代目さん!用意しますね」
「うわあ!花園咲子がお酌してくれるなんて!」
恒彦が弾けた。
「し、白井君!京子の前だっ!!」
京介が、なぜか焦っていた。
「酌は、お咲ではなく、京子の役目だろっ!」
京介のひと言に、皆固まる。
「……父上、言ってることわかってますか?」
京太郎が、確かめるように京介へ言った。
「京子さんは、まだ、学生さんですよ。酌だなんて」
恒彦が追うように言う。
「ならば、お咲ならいいのかねっ!?」
行き場がないとばかりに怒る京介を、皆は笑いながら見た。
「何がおかしい!」
後に引けぬと京介は一人必死になる。
「まあまあ、京介さん。そのくらいにして、ご飯のおかわりは?怒鳴ってばかりじゃないですか?」
この落ち着いた月子の態度に、自然と笑いが巻き起こった。
コメント
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もう第11話、読んだよ!恒彦くん、酔ってお父様呼びしちゃうとか、お咲ちゃんに握手求めちゃうとか、普段の真面目な印象からギャップ萌えしちゃったわ(笑)。京介パパの焦りっぷりも可笑しくて、家族の食卓の温かさがちゃんと伝わってきた。フランス行く前にいい思い出できて良かったねって思える話だった。次も楽しみにしてる🔥