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「最後集中しろ。逃げ切ろうと考えるな。むしろ点を取って引き離すんだ」
拓真さんがパンパンと手を叩き、周囲にゲキをとばす。
チームメイトが一斉に「おうっ!」と鬨の声をあげた。
決勝戦は後半アディショナルタイムに入っていた。1対0で俺達がリードしている。連携プレーから俺が押し込んだ一点をあと二分間守り切れば、優勝だ。でも、その二分を〝退くな〟と、拓真さんは宣言した。むしろ追加点を奪え、と。
もしもこの場に瑞奈がいたら、きっとこう言うだろう。
〝ばかもん。攻撃の手を緩めるな。パスに思いを込めて。シュートに熱を込めて。走る足に気持ちを込めて。情熱を出しなさいよ!〟
「情熱だ」
気付くと、瑞奈みたいに吠えていた。チームメイトたちも「情熱」と勇壮に叫ぶ。
瑞奈の言葉で俺達は気持ちが一つになる。ピッチ上に瑞奈がいるみたいだ。
「情熱こいやぁああっ! 点取ろうぜぇっ!」
レッドカードでベンチ入りできなかった幸成が、観客席から、曇り空にケンカを売るように声を張り上げる。
俊介がゴールキックを蹴った。ボールがぐんぐんと灰色の空を突き破って伸びていく。
俺はボールを追う。
ボールの落下地点を目がけて川南も走り込んでいた。駆けながら目が合う。川南は試合を諦めていなかった。
――あとは任せた。あたしがパスを繋ぐのは、繋ぎたいのは、晴翔くんだけ。
瑞奈の想いを、パスを、確かに俺は受けた。
茜空の下で初めて出会った時みたいだ。情熱と想いに満ちたパス。
いつだって、そして、これからも――
ボールがピッチでバウンドする手前で、俺はトラップした。ピタリとボールが足もとにおさまる。情熱を足に込めると、瑞奈みたいにボールが吸いつくトラップができる。
間髪を容れずに、ドン、と左上腕に衝撃を受ける。
女性の力とは思えないほどのショルダーチャージに身体がぐらつきそうになる。これが相手チームのエース・川南なのだ。全力で俺に勝負を挑んでいる。
俺も自分の力を出し切らないと失礼だ。本気でいかないと、瑞奈みたいにピッチで無双する川南を超えることなんてできない。
トラップしたボールを後ろ足のチョップフェイントで左に弾く。
身体を即座に捻った川南が、俺の前に立ちはだかる。読まれていた。
川南と正対した俺は、右方向へと足裏でボールを転がす。緩急をつけるために、わざとゆっくりボールを運ぶ。それも川南に読まれていた。鋭いプレスをかけられ、ボールが川南のつま先で小突かれた。
弾かれたボールが俺の背後で浮いているのが間接視野で分かった。川南は既に動いている。常人離れしたステップを踏み、ボール確保に向かっていた。
今からターンをしても、とても川南には追いつけない。
瑞奈だったら、……どうする?
瑞奈がこれまで見せてきた数々のプレーが脳裏に過ぎる。
咄嗟の機転がチームを救ってきた。そう、機転――
背後へ零れたボールに向けて、後ろ足を精一杯に伸ばした。
重心が後ろへと傾き、倒れそうだ。足がもげそうだ。
踏ん張れ、カッコ悪い体勢でも何でもいい、情熱をボールにぶつける!
つま先がボールに触れた、瞬間、俺はつま先でボールを蹴り、ピッチに叩きつけた。ボールが大きくバウンドする。縦回転するボールが俺の頭上へと浮き戻ってくる。
瑞奈の機転と俺の発想をミックスさせたプレーだ。あとはこのボールを――突如として俺の身体に、さっきよりも重たい衝撃がきた。
川南の執念だった。どこまでも異次元の重心移動で俺を前に進ませない。
バランスを崩した俺の頭上を越えて、ボールが前方へ落ちる。ボールが逃げいていく。ボールが……逃がしてなるものか!
――その足に情熱を込めて!
瑞奈の声が、聞こえた気がした。