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「うおおおおおおおっ」
いきり声と一緒に、右足でピッチを蹴った。反動を利用して、そっくり返りそうになっていた身体を捻る。後方にあった身体の重心が、つんのめるほどに前へと傾いた。
「だああああああっ」
足に腰に身体に情熱を込め、俺は走りだす。走る、走る。
高くバウンドしたボールを、ジャンプしながら胸でおさめた。ボールが俺の胸元で微笑んだ気がした。
これじゃないのか?
瑞奈がボールから感じていたものは、このやわらかい笑みなんじゃないのか?
ゴールまでの道筋がくっきりと眼前に浮かぶ。瑞奈みたいに。
「行けえっ!」
身体を横に倒しながら、俺は渾身の力を込めて、情熱を込めて、ボレーシュートを放つ。
ぐん、とボールが伸びる。瑞奈の後押しを受けているように。
反応できない相手ディフェンダーが、目だけでボールを追っていた。
ぐん、とまたボールがスピードに乗る。
瑞奈の、朔太郎の、幸成の、拓真さんの、チームメイトの、瑞奈のご両親の、咲良の、春奈さんの、この勝利にかかわるすべての人の想いと情熱が、ボールに力を与える。
横っ跳びをした相手ゴールキーパーが指先にボールにあてる。チッ、とキーパーグローブを掠める音がした。
ボールは、弾かれなかった。
俺たちの勢いや想い、情熱は止められなかった。
ボールがゴールネットを突き刺す。
響き渡るホイッスルの音色が空へと舞い上がった。試合終了の合図。
どおおおっと地響きのような歓声と浮き立つ騒がしさが、会場を揺らす。
駆けてくる。
仲間が手を突き上げ、ある者は咆哮し、ある者は飛び跳ねて走ってくる。
歓喜の輪が扇状に広がった。幸成が俺に向けてダイヴした。それを皮切りに、次々と誰かしらがダイヴする。もう揉みくちゃだ。
「優勝だ!」叫んだ。
「優勝ぉおおおっ!」「天皇杯行くぞぉ!」
手が伸び、俺を立ち上がらせる。いつの間にか皆で円陣を組み、大合唱していた。
「カンピオーネ(チャンピオン)! カンピオーネ! オーレ―オーレーオーレー!」
謳いあげる。声と突き上げた腕が空を揺さぶり過ぎたのか、雨粒が落ちてきた。それでもピッチからは誰も去ろうとはしない。謳いあげていく。
「カンピオーネ! カンピオーネ! オーレ―オーレーオーレー!」
雨でも嵐でも、何でも来い! そう言わんばかりに俺達は謳う。情熱を滾らせて。
「瑞奈!」
ここにはいない、けれど俺たちは確信している。この声が瑞奈に届くことを。瑞奈を呼ぶ声が大きくなる。皆で声を合わせる。俺も声を張り上げる。
「瑞奈ぁあああああアッ!」
「カンピオーネ! カンピオーネ! 瑞奈ぁ! 瑞奈ァッ!」
俺たちの歌声は続いてく。
激しさを増す雨の中、瑞奈に届けと俺たちは声を嗄らす――俺のカバンの中で、スマホが鳴っていることになど気付かずに。
どす黒く染まった雨空の彼方で遠雷が轟いていた。その音も、今の俺の耳には入ってこなかった。