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「父さんはさ……医者の息子は医者になると思う?」
「何だ、突然。それは、本人の努力次第だろ」
「ううん、違う。だから、そう……カエルの子供はカエルになるじゃないけど、親がそうだから、そうなるって誰が決めつけるのかって話」
「哲学の話でもしたいなら、他を当たれ」
父さんが家にいるのは珍しい。でも、ようやく、父さんとも話せるようになってきた気がする。
単純だった。俺が、ただ避けていただけで、話そうと思えば、チャンスは幾らでもあったんだ。俺が、傷つきたくないから、父さんは忙しいじゃまをしてはいけないと、思い込んでいただけだった。まあ、実際忙しいが、話そうと思えば、話し掛けられた。それを、俺は避けていただけ、ということだ。
父さんは、冷たく返したが、少し悩んだ後、俺の方を見た。キラリと、その瞳に光を見た気がする。
「星埜はどう思うんだ?」
「質問返し……俺は、ならないと思う」
「言い切れる根拠は?」
「確かに、カエルの子供はカエルになる定めだと思う。けど、人間は違う。医者の子供が、スポーツ選手を目指したって良いし、警察を目指したっていいわけじゃん。子供に、押しつける義務はないし、子供が夢を見て、親から独立すれば良いだけの話。まあ、そこに憧れがあるなら、医者になるかもだけど、俺みたいに」
「……」
「俺は、父さんに憧れてたんだ。言ったことなかっただろうけど」
自傷気味に笑えば、父さんは、目を細めた。同じ翡翠の瞳を見て、矢っ張り似ているなあ、と思う。親子だし。
父さんは、何も言わなかったが、まんざらでもないというように、眉を上げた。
そんな父さんを見て、俺は安心した。もし、父さんが復讐に完全に囚われていて、我を失っていたら、きっとこんな話も聞かないだろうし、俺の言葉を聞いて表情を動かすこと何てなかっただろう。俺は、ずっと勘違いしていた。見えなかったのは、俺の方だ。
確かに、復讐の炎が消えたわけじゃない。だが、穏やかにはなっていた……ということだ。
「何処に行くんだ?」
「友達の家」
「……この間一緒にいた黒髪の男か」
「うん? ああ……てか、覚えてたんだ」
「お前が、友人といる所なんて見たこと無かったからな。勉強ばかりで、引きこもっているものだと思っていた」
「ランニングはしてる」
しっかり見ているのか、見ていないのか、分からない言葉を吐いて、父さんは靴紐を結ぶ俺を見ていた。友達の家、と言えば、ふーんみたいな反応をしたが、止めはしなかった。まあ、その友達が、まさか、復讐の相手、仇、殺人鬼の息子なんて知らないだろうし。俺だって、言う気は無い。父さんは証拠のない話は嫌いだから。言うなら、朔蒔から直接聞かなきゃ信じないだろうし。
「何時頃帰ってくる?」
「わかんないけど、夕飯は作るつもり」
「そうか」
何て返せば良いか分からないって顔してたなあ、なんて振返って思った。久しぶりに、こんな会話をするものだから、父さんも勝手が分からないのだろう。でも、嬉しいって顔に書いてあった。俺も、嬉しい。
「じゃあ、いってきます」
「星埜、俺も、医者の子供は必ず医者になるとは思わないぞ。子供は、関係無いからな」
「……そう」
「いってらっしゃい」
と、父さんは微笑んだ。久しぶりに見る、父さんのその顔に、俺は吐息が漏れた。
そんな顔出来たのかと、いつぶりなのかと。少し、皺が寄っているものの、確かに、優しい笑顔だった。
俺は、そんな父さんに見送られて、もう一度いってきます、といって家を出る。向かうは、朔蒔の家。楓音から地図は貰っていたから、簡単にたどり着いた。思った以上に近くにあって、驚いたが、それはもう古いアパートだった。二階建ての。
そんな二階の端の部屋、このアパートに他にも人が住んでいるのかと不安になるくらい古い建物だった。鉄骨の階段を上って、廊下を橋まで歩き、チャムをならす。朔蒔がいるかどうか、分からないが、いなくても中で待たせて貰えれば……なんて、考えていた。
でも、朔蒔の父親……殺人鬼が出てきたら?
(いや……さすがに、こんな白昼堂々殺さないだろう)
快楽殺人者には見えたが、計画は立てる派、証拠は残さないほど凄い殺人鬼だ。いきなり訪ねてきた見ず知らずの人間を殺したりはしないだろう。と、俺は大きく構えていた。
そして、数回のチャイムのあと、扉の奥から「はーい」と男の人の声が聞える。ギィ、と立て付けの悪そうな扉が開き、中から黒い髪が見えた。
「あ……」
「どちら様ですか?」
出てきたのは、朔蒔じゃなかった。俺が、一番心配していたことが起こる。
(この人が……朔蒔の……)
朔蒔が大きくなったらこうなるのかなって、確かに、朔蒔に似た、でも別人……朔蒔の父親が顔を出した。第一印象はそれで、次に持った感想は、若いな……だった。
朔蒔の父親は、俺を見下ろしたあと、もう一度「どちら様ですか?」と首を傾げる。俺はここで挙動不審になってはいけないと、笑顔を取り繕う。
「あ、えっと。朔蒔……くんの、友達で。呼ばれたので来ました。えっと、いませんか?」
「あー朔蒔、朔蒔ねぇ」
と、男は、顎をかきながらいう。心臓がドッドッと早うつ。
この人が、俺の母さんを殺した犯人だと、分かっているからだろうか。
暫くして、男は、俺にその真っ黒な瞳を向けて、笑顔を作った。
「朔蒔とは、どういう関係で? あ、あと、お名前は?」
「えっと、友達……高校で知りあって、それなりに仲良くしてて、夏祭りにも一緒にいきました。名前は、陽翡星埜です」
「星埜、星埜くんか。今、ちょーっと朔蒔いないから、中で待っていて貰えるかな? あ、汚いけど、ごめんね」
なんて、男の人は、チェーンを外して、俺を中に招き入れる。
言葉遣いが綺麗だった。笑顔も、違和感がない……朔蒔とは大違いだなあ、と思いつつも、緊張は解かなかった。その笑顔も口調も怪しすぎたから。
俺は、お邪魔します、なんて頭を下げて、中には居る。そして、靴を脱ごうと屈めば、いきなり、押し倒されてしまった。
「は……っ、ぐ」
「朔蒔の友達の星埜くん。陽翡星埜くん。うん、お前の事はよぉく知ってるぜ。朔蒔が変わったのは、お前のせいだったか」
「は……ぁ」
「俺の、プレゼントボックスを見ても微動だにしなかった子供。いやぁ、狂ってると思っていたが、あのバカ正義警察の息子だからなぁ……」
グッと、首を絞められ、俺はその場で藻掻いた。
豹変としかいいようがない。さっきまでの優しい雰囲気は何処へ行ったのか。荒々しい言葉遣い。
汚い、汚い、汚い……
抵抗すれば、さらに首が絞まる。苦しくて、怖かった。このまま殺されるんじゃないかって、思った。恐怖で震える俺を他所に、男は楽しそうに俺の首に手をかける。
「朔蒔が帰ってくるまで、お前で遊んでやるよ。うん、それが良い、それがいい! そんでさぁ、朔蒔が帰ってきたら、朔蒔の前で殺してやるよ。な? 嬉しいだろ?」
「……っ、っ!」
「嬉しいっていえ」
狂ってる。
朔蒔は、狂ってない、此奴だ。此奴が狂ってるんだ、と俺は、生理的な涙で歪んだ視界で、殺人鬼を捉える。
彼は、笑っていた。愉快そうに、新しい玩具を見つけたような子供の顔をしていた。
俺を笑いながら見下ろして、それから、俺の服に手をかけた。
「犯されるのって、初めてじゃないだろ? だったら、遠慮なんていらねぇよな?」
「……く……ま」
なんて、赤い舌をちらりと見せ、舌舐めずりをした殺人鬼は、もう片方の手で、俺の首をグッと締め付けた。