テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
ついさっき登校してきた気がするのに、空はもう夕焼けに染まり始めていた。
仁人と二人きりで回っていた文化祭も、気が付けば終了予定時刻が近づいている。
残すは、閉会式のみとなった。
「勇斗くん、ごめん。俺準備があるから、そろそろ行かないと…。」
「あ、そうだね…………歌…頑張って、ね。」
喉の奥でつっかえて、一度声が止まりかかる。
本当は「行かないで」なんて言ってしまいたかった。
それでも、止める権利なんて持ち合わせていない俺は、ただ仁人を見送ることしか出来なかった。
仁人の姿が、人混みに紛れて消えてゆく。
さっきまで隣にあった体温が無くなり、急に孤独感が押し寄せてきた。
一人でいても退屈で、何かする気も起きない。少し早いが、会場となる体育館へ向かおうと足を進める。
すると、2人組の女子に声をかけられた。
「え、佐野くん今ひとりなの?」
「あぁ、そうだけど……」
「今から体育館行くんでしょ?私達も行こうと思ってたんだぁ。一緒に行こ!」
どうせ向かう先は同じだ。断ったところで、この子達は俺の後ろをついてくるだろう。
そう考えた俺は、適当に頷いた。
俺を真ん中に挟んだ状態で、目的地まで向かう。
両隣で弾む会話に、最低限の相槌を打つ。
俺の隣は今、埋まっているはずなのに。
それでも、俺の心の穴はぽっかりと空いたままだった。
今一緒に歩いているのが仁人だったらな。
そんな思いを巡らせて、体育館に到着した。
席は自由らしく、まばらに埋まった椅子の中から、 中央あたりの席を選んで座る。
その直後、両隣にここまで一緒に来た子達が腰を下ろした。
左右から聞こえる会話を聞き流していると、照明が落ちて司会者の声が響いた。
閉会式が始まり、実行委員長の挨拶が続く。
出し物の表彰や、スライドショーが行われ、会場は歓声や笑いが起こっていた。
次々と進むプログラムを目で追うが、内容は全く頭に入ってこなかった。
只々時間だけが過ぎていき、いよいよ最後のプログラムとなった。
「それでは最後に、こちらの余興で終わりたいと思います。」
そんな司会者の声に、胸の奥が跳ねる。
ステージ中央にスタンドマイクが運び込まれ、スポットライトが静かに灯った。
光の中へ、ゆっくりとギターを持った仁人の影が入る。
見慣れた姿のはずなのに、思わず息を呑んだ。
姿が現れた瞬間、会場がざわつく。
「誰?」「何するの?」と小さな声が、あちこちで上がっていた。
仁人が息を吸い込む。
指先が弦に触れ、小さな音が体育館に落ちた。
そして、ギターの余韻の上に、仁人の歌声が重なる。
最初の一音で、一気に空気が変わった。
先程のざわめきは波のように消えていき、椅子の軋む音すらも聞こえなくなる。
今ここにいる全員が、仁人に釘付けになっていた。
弦を抑える指先。
歌詞を紡ぐ唇。
照明を映す瞳。
全てがこの世のものとは思えないほど、綺麗だった。
歌いながら落としていた仁人の視線が、ゆっくりと上がる。
客席をなぞるように動いたその目が、俺のところで止まった。
視線が重なり、真剣だった眼差しが少し和らぎ、口元がふわりと弧を描いた。
『見つけた。』
そんな声が聞こえた気がした。
ただ微笑まれただけなのに、うまく息ができない。
全身が熱くなって、視線を逸らせなくなり、自分の中にある想いが溢れ出してくる。
ああ。やっぱり、たまらなく好きだ。
歌が進むにつれ、客席の空気がまた少しずつ変わっていく。
「めっちゃ上手くない?」
「てか、超美人なんですけど。」
「やばい。惚れそうかも。」
抑えられていた声が、あちこちから漏れ始めた。
最初は僅かだったざわめきが、連鎖するように広がっていく。
皆が見惚れてしまうのも当然だ。
ステージ上で歌う仁人は、誰が見たって目を奪われるだろう。
けれど、知らない誰かの視線が集まる度、胸の奥がざわついてしまう。
周囲の声を聞きたくなくて、思わず耳を塞いでしまう。
仁人の歌声を見つけたのは俺だ。
今まで仁人の近くで時間を共にしてきたのは俺だ。
それなのに、今は無数の視線を浴びて、俺の手が届かない所で歌っている。
それがどうしようもなく嫌で、あの光の中から、自分の隣へと連れ戻したくなる。
心の中で渦巻いていた黒い感情が抑えられなくなってくる。
自分がこんな独占欲を持ち合わせていたのかと、少し驚いてしまう。
俺が抱えていた淡い気持ちは、恋なんて言葉では説明できないくらい、形を変えていた。
これはもう、ただの恋じゃない。
仁人の全部を、俺のものにしたい。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!