テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
ついさっき登校してきた気がするのに、空はもう夕焼けに染まり始めていた。
仁人と二人きりで回っていた文化祭も、気が付けば終了予定時刻が近づいている。
残すは、閉会式のみとなった。
「勇斗くん、ごめん。俺準備があるから、そろそろ行かないと…。」
「あ、そうだね…………歌…頑張って、ね。」
喉の奥でつっかえて、一度声が止まりかかる。
本当は「行かないで」なんて言ってしまいたかった。
それでも、止める権利なんて持ち合わせていない俺は、ただ仁人を見送ることしか出来なかった。
仁人の姿が、人混みに紛れて消えてゆく。
さっきまで隣にあった体温が無くなり、急に孤独感が押し寄せてきた。
一人でいても退屈で、何かする気も起きない。少し早いが、会場となる体育館へ向かおうと足を進める。
すると、2人組の女子に声をかけられた。
「え、佐野くん今ひとりなの?」
「あぁ、そうだけど……」
「今から体育館行くんでしょ?私達も行こうと思ってたんだぁ。一緒に行こ!」
どうせ向かう先は同じだ。断ったところで、この子達は俺の後ろをついてくるだろう。
そう考えた俺は、適当に頷いた。
俺を真ん中に挟んだ状態で、目的地まで向かう。
両隣で弾む会話に、最低限の相槌を打つ。
俺の隣は今、埋まっているはずなのに。
それでも、俺の心の穴はぽっかりと空いたままだった。
今一緒に歩いているのが仁人だったらな。
そんな思いを巡らせて、体育館に到着した。
席は自由らしく、まばらに埋まった椅子の中から、 中央あたりの席を選んで座る。
その直後、両隣にここまで一緒に来た子達が腰を下ろした。
左右から聞こえる会話を聞き流していると、照明が落ちて司会者の声が響いた。
閉会式が始まり、実行委員長の挨拶が続く。
出し物の表彰や、スライドショーが行われ、会場は歓声や笑いが起こっていた。
次々と進むプログラムを目で追うが、内容は全く頭に入ってこなかった。
只々時間だけが過ぎていき、いよいよ最後のプログラムとなった。
「それでは最後に、こちらの余興で終わりたいと思います。」
そんな司会者の声に、胸の奥が跳ねる。
ステージ中央にスタンドマイクが運び込まれ、スポットライトが静かに灯った。
光の中へ、ゆっくりとギターを持った仁人の影が入る。
見慣れた姿のはずなのに、思わず息を呑んだ。
姿が現れた瞬間、会場がざわつく。
「誰?」「何するの?」と小さな声が、あちこちで上がっていた。
仁人が息を吸い込む。
指先が弦に触れ、小さな音が体育館に落ちた。
そして、ギターの余韻の上に、仁人の歌声が重なる。
最初の一音で、一気に空気が変わった。
先程のざわめきは波のように消えていき、椅子の軋む音すらも聞こえなくなる。
今ここにいる全員が、仁人に釘付けになっていた。
弦を抑える指先。
歌詞を紡ぐ唇。
照明を映す瞳。
全てがこの世のものとは思えないほど、綺麗だった。
歌いながら落としていた仁人の視線が、ゆっくりと上がる。
客席をなぞるように動いたその目が、俺のところで止まった。
視線が重なり、真剣だった眼差しが少し和らぎ、口元がふわりと弧を描いた。
『見つけた。』
そんな声が聞こえた気がした。
ただ微笑まれただけなのに、うまく息ができない。
全身が熱くなって、視線を逸らせなくなり、自分の中にある想いが溢れ出してくる。
ああ。やっぱり、たまらなく好きだ。
歌が進むにつれ、客席の空気がまた少しずつ変わっていく。
「めっちゃ上手くない?」
「てか、超美人なんですけど。」
「やばい。惚れそうかも。」
抑えられていた声が、あちこちから漏れ始めた。
最初は僅かだったざわめきが、連鎖するように広がっていく。
皆が見惚れてしまうのも当然だ。
ステージ上で歌う仁人は、誰が見たって目を奪われるだろう。
けれど、知らない誰かの視線が集まる度、胸の奥がざわついてしまう。
周囲の声を聞きたくなくて、思わず耳を塞いでしまう。
仁人の歌声を見つけたのは俺だ。
今まで仁人の近くで時間を共にしてきたのは俺だ。
それなのに、今は無数の視線を浴びて、俺の手が届かない所で歌っている。
それがどうしようもなく嫌で、あの光の中から、自分の隣へと連れ戻したくなる。
心の中で渦巻いていた黒い感情が抑えられなくなってくる。
自分がこんな独占欲を持ち合わせていたのかと、少し驚いてしまう。
俺が抱えていた淡い気持ちは、恋なんて言葉では説明できないくらい、形を変えていた。
これはもう、ただの恋じゃない。
仁人の全部を、俺のものにしたい。
153
3,615