テラーノベル
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拍手と歓声の余韻を残したまま、文化祭は終わりを告げた。
非日常だった二日間が嘘みたいに、校舎はいつもの日常へと戻っていく。
ただ、唯一、仁人の周りだけ確実に変わっていた。
いつも教室で一人、本を読んでいた仁人の席に人が集まっている。
文化祭の後からだった。
クラスや学年問わず沢山の人から話しかけられ、常に誰かが隣にいる。
ステージでのあんな姿を見せられたら、誰だって好意的になるのは当たり前だ。
そんなのは分かっていた。
だから嫌だったんだ。
色んな人と連絡先を交換して、俺のトーク画面が埋もれてしまったのだろう。
毎朝送られてきていた『おはよう』のスタンプは、いつからか途絶えてしまった。
自分の居場所が取られたみたいで、妙に落ち着かない。
声をかけようとしても、先に誰かと話している。
俺が知らない人と笑いあってる姿を見る度、少し距離が遠くなった気がした。
純粋に、面白くないと思った。
授業終了のチャイムが鳴り、放課後が訪れる。
教室を出て、仁人のクラスを覗くと、思った通り仁人は、沢山のクラスメイトに囲まれていた。
あの日以降、俺と仁人は二人で帰ることも出来なくなっていた。
今日も既に隣が埋まっていて、一緒に帰れそうにない。
諦めて一人で帰ろう、そう思って踵を返したその瞬間だった。
「…………勇斗くん!」
不意に背後から、愛しい声が聞こえた。
振り返った先の仁人は、いつも通りの顔をしていた。
距離が出来てしまい、寂しく感じているのは俺だけなのか。
仁人にとって俺は、ただの同級生にしか過ぎないのか。
そんな考えが頭を巡り、気が付けば拳を握りしめていた。
「…………何…?」
話すのも久しぶりで、前みたいに自然と言葉が出てこない。
視線を合わせることすら、出来なかった。
「これからみんなと遊びに行くんだけど、勇斗くんも来る?」
『も』この一文字がやけに耳に残った。
まるで、空いているスペースを埋めるためだけに誘われたかのような言葉。
仁人にとって俺は、そんなに軽い存在だったのだろうか。
仁人と出会ってからずっと熱かった胸の奥が、じわっと冷えていくのを感じた。
「別に……いいよ、行かない。」
震える唇を動かして、何とか言葉を紡ぐ。
そんな俺に反して、仁人は淡々としていた。
「なんで?行こうよ。」
制服の袖を掴んで、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。
今までと変わらない距離感。
それが、逆に辛かった。
「だから、いいって……。」
鞄を持ち直し、仁人から一歩距離を取る。
少しでも早く、この場から離れたかった。
「せっかくだし来なよ。みんなもいるし。」
その言葉で理解する。
仁人の隣は俺じゃなくていいんだ、と。
喉の奥で溜まっていたものが、一気にせり上がってくる。
必死に飲み込もうと奥歯を噛むが、間に合わない。
「だから───」
声が震える。
止めなければ。そんな考えよりも先に言葉が出てしまった。
「いいって言ってんだろ!!」
廊下に声が響き、周りの音が消える。
仁人の表情は固まり、俺の袖を掴んでいた手はするりと離れていった。
まるで時が止まったみたいに、仁人は黙ったまま俺を見つめる。
あの笑顔は、跡形もなく無くなっていた。
その顔を直視できなくて、思わず目を逸らす。
ダメだ。このままここに居たら、多分仁人を傷つけてしまう。
考えるより先に、足が動いた。
逃げるように走り出し、校舎を後にする。
途中、仁人から呼び止められた気がした。
それでも、気付かないフリをした。
学校を出た瞬間、さっきまでのざわめきが嘘のように遠ざかった。
夕方の空気がやけに静かで、自分の足音だけが響いていた。
息を整えることもせず、立ち止まるのを拒むかのように走り続ける。
頭に浮かぶのは、怒鳴ってしまった瞬間の仁人の顔だった。
言い過ぎた。
そんなことは分かっているのに、引き返す勇気も、謝る言葉も見つからない。
ただ、逃げることしか出来なかった。
家に帰り、鞄をほおり投げて、制服のままベッドに沈む。
後悔と情けなさに押しつぶされそうになっていると、ポッケにしまっていたスマホが小さく震えた。
画面に浮かんだ名前と、メッセージを見て指が止まる。
『さっきはごめん。』
返信はおろか、メッセージを開くことすら出来ない。
通知を消すことも出来ず、画面が自然と暗くなるのを待った。
そのまま、時間だけが過ぎていく。
電気を消して、ベッドに入っても目は冴えたままだった。
瞼の裏に、仁人の傷ついた表情が張り付いて離れない。
あんな表情をさせたのは間違いなく自分だ。
自分に対しての苛立ちが抑えられなくなり、髪を乱暴にかきあげて、拳でシーツを叩いた。
どうしてあんな言い方したんだ。
どうして止まれなかったんだ。
そんな思いが、眠れない夜を埋めていった。
そして、いつの間にか朝を迎えていた。
コメント
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めっちゃよかったです!

